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おばさんシネマ

最近見た映画など。

もっかのベスト5!(2014/07/05)

もっかのベスト5!

 

東京近辺で上映中の映画のうち、現在オススメするベスト5は以下の通りです。

 

1.【ホドロフスキーのDUNE
(【エイリアン】にも【スターウォーズ】にも大きく影響した未完の大作。この映画の記憶を映画史に留めてくれてありがとう!)

 

2.【超高速!参勤交代
(城戸賞(有名な脚本の賞)で初めて満点が出たんだとか。エンターテインメントとして完璧で申し分なく楽しい。)

 

2.【her 世界でひとつの彼女
(“彼女”が歌ってるシーンがあまりにも美しくて泣きそうに……。S・ジョーンズ監督の詩情性が半端なさすぎる。)

 

4.【春を背負って
(師匠とか嫁候補とか、都合のよすぎる人物配置が気になるけど、山の景色が美しいのでまぁいいや。)

 

5.【収容病棟
(今回は精神病院に取材。ワン・ビン監督の映画では他のどこより生々しい中国の人々を見ることができる。)

 

5.【円卓 こっこ、ひと夏のイマジン
行定勲監督の女性観が苦手なんだけど、子供が主人公だと監督の手腕を純粋に楽しめるのだと分かった。)

 

5.【スイートプールサイド
(同級生の女の子の脇の下を剃るとか、ありえないけどエロすぎる!須賀健太くん大きくなったねー。)

 

(次点)【あいときぼうのまち
(福島と原発の歴史を4世代に渡って活写。時系列がちょっと分かりにくいけど意欲は買いたい。)

 

 

私の男】や【渇き。】はそれぞれ凄い作品だったのですが、当方では“人にオススメしたい映画”ということで映画をご紹介していることを考えてみるに、自分の周りにこれらの映画をオススメしたい人は誰も存在しないなぁ、と思い至りました。

 

ご周知の通り、【私の男】は近親相姦ものです。私はこれは生理的にどうしても気持ち悪いと感じてしまいます。
本作は、原作者が女性ということもあり、文学的ファンタジーとしては成立するのかもしれません。でも世間で実際に伝え聞く近親相姦の実像は、大体もっとグロテスクで醜悪で、親が子供に対して持つ圧倒的な精神的・経済的・社会的影響力を利用して子供を所有したり蹂躙したりしようとする一方的で病的な支配関係であることがほとんどであるように思われます。(世の中には、人を極度に支配したり人に支配されたりすることも“愛”だという人もいるけれど、私はそんなものは決して“愛”などではないと考えます。)そのように実在する頭のおかしな親が、本作のような作品を見て喜ぶ可能性が少しでもあるのかもしれないと思うと、正直、寒気や吐き気を覚えてしまいます。
本作品中では、二階堂ふみさんの演じる娘が浅野忠信さんの演じる父親を支配するという関係に逆転していて、お互いが内側に抱えた絶対的な孤独ゆえに、周囲にはいくら爛れた関係と映っても二人だけの世界に収束していくところが独特だと思いました。この関係性をきちんと表現しきった二階堂さんや浅野さんや熊切和嘉監督は本当に凄い。だから何らかの評価はせざるを得ないのかなとは思いますが、それでも気分が悪いことには変わりありません。もっとも監督は、本作では観客の気分を心地よくハッピーにさせることなど最初から考えていないと思われるので(デビュー作からしてそのような作品をブッ込むような方だったので)、それはそれで監督の観客に対する誠意なのかなとは思います。

 

一方、文学的ファンタジーといえば【渇き。】だってそうじゃないでしょうか。だってあのヒロイン、いくら若いとはいえ、あれだけクスリも夜遊びもセックスも売春もやりまくりだったら、普通は体を壊してお肌ボロボロの目の下クマクマになり、とてもじゃないけどあんな美貌は保っていられないと思います。
この映画を観て私の頭に真っ先に思い浮かんだのは、かのマルキ・ド・サドの『悪徳の栄え』でした。この本には拷問や殺人などの悪行の数々がこれでもか、これでもかと綴られていますが、私がこの本を読み始めた時の第一印象は「現実の人間にはこんなとする体力は無いでしょ……」というものでした。あの小説のどこがどうリベラル思想でどのような文学的価値があるのか理解できるほどの学は残念ながらありませんが、あの小説は、現実的な何かの描写というよりは、人間の想像力をどこまで及ぼすことができるのかという一種の壮大な思考実験のようなものなのではないかと思いました。勿論『悪徳の栄え』と【渇き。】では時代も描かれている内容も全く違いますが、強烈な悪行の数々を延々と描くことで人間の営みを逆方向から照射することが一種の毒抜きの効果をもたらすかもしれないあたりに、共通している部分もあるのではないかと思いました。
しかし、“母親の愛”という通奏低音がまだエクスキューズとなっていた同じ中島哲也監督の【告白】とは異なり、【渇き。】の通奏低音である“父親の愛”はあまりに自分勝手で我儘で、しかも暴力的です。このような暴力的な形でしか誰かと関わることができない愚かな男の悲哀あるいは悲劇(あるいは喜劇なのかもしれません)は大変よく描かれていると思います、が、私はいついかなる理由があろうとも他人を強姦するような輩は全員死ねばいいと思っているので、この男に全く同情はできません(それはこの映画に登場する他の連中も一緒です)。
少しだけ近親相姦的な匂いがするところは【私の男】と少しだけ共通しているでしょうか。でもこの父親はその領域にだけは踏み込むことなく、代わりに娘の首を握り潰そうとします。それは、娘に対する欲望が存在する可能性を否定しようとする父親としての抵抗だったのか、最早そのような境界をも易々と踏み越えようとするほど人間の感情に無関心なバケモノと化してしまった娘をせめて無に還してやろうとする愛情だったのか、今まで父親らしい父親でいられなかったことへの後悔や逡巡か、家族に対する愛情を求めても得られなかった自分自身に対する憐れみか……多分そうした様々な感情が複雑に入り混じっている訳の分からない思いが、タイトルの【渇き。】に通じているのでしょう。この表情を演じ切る役所広司さんは本当に圧巻ですし、この父親と最早このような形でしか関わることができなかった娘を演じ切った小松奈々さんも本当に凄かった。だから本作も何らかの評価はせざるを得ないだろうとは思うのですが、その評価は複雑なものとならざるを得ないでしょう。
かように本作が非常に観客を選ぶ作品であることは致し方のないところで、これを“エンターテイメント”と言い切るのは“エンターテイメント”の意味をよほど拡大解釈しないと無理だと思うのですが、そこを強弁して何とか【告白】のような観客動員を期待した製作側の思惑は上手くいかなかったというか、さすがに少し乱暴だったみたいですよね。