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おばさんシネマ

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『ユーリ!!! on ICE』が怒濤のラブ・ストーリーだった話(前編)

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去年の終盤から『ユーリ!!! on ICE』にどハマリしてしまった話は先日ちょろっと書きましたが、『ユーリ!!! on ICE』の何がこんなに自分の心を捉えてしまったのか……?

本格男子フィギュアスケート・アニメであり、主人公や10人以上いるライバル選手それぞれのSP(ショートプログラム)とFS(フリースケーティング)に本格的な楽曲と振り付けが用意されていて※、ルールも現実の試合に則っているから、まるで本当にフィギュアスケートの試合を見ているような気分になってしまうとか、メンタルが弱かった主人公の勝生勇利くんがどんどん強くなる、というスポ根成長物語や自己実現物語的な側面もあるとか、ひとことでは言い表せないくらい様々な要素が絡み合っていると思うのですが、まず何よりも、この話が、世界中の他のどこでも見たことがないような濃厚なラブ・ストーリーだった、という点が一番肝心なのではないかと思います。

クラシックの流用や一部だけの振り付けもあるけれど、2/3以上はオリジナル曲だし、いっちゃん好きな『愛について~Eros』なんて日本のフラメンコ・ギターの第一人者の沖仁さんがギター弾いてるし、振り付けは日本のフィギュアスケートの振付師の第一人者の宮本賢二さんに20曲分くらいしてもらっているんだよ?で、テーマソングはディーン・フジオカさんのオリジナル曲だよ?凄くない?

何でこんな話を書こうと思ったのかというと、この話が“師弟愛”の話だと強弁する人をたまに見掛けるから。確かに主人公の勇利とヴィクトルの関係の中には“師弟愛”の要素が強くあることは全く否定しませんが、どう考えたってそれだけじゃないでしょう?

子供とかならまだともかく、いい年こいた大人で彼らが恋愛関係にあると言いたがらない人達の思考回路は私にはさっぱり理解できませんが、それが“同性同士の恋愛なんて商売にしづらいから”という理由でやっきになって恋愛要素を払拭させようとする人達の思惑だったりしたら大変に嫌なので、声を大にして「これはラブ・ストーリーですから!」と吹聴したくなったのです。

大体、
恋人でもないのにあんな手の握り方は絶っっ対にしないし(特に物語後半)、
成人男性が恋人でもない成人男性を「スリーピング・ビューティ」(眠り姫、または眠れる森の美女)と呼んだりなんて絶っっ対にしないし、
成人男性が恋人でもない成人男性にリングを贈ったりなんて絶っっ対にしませんから!
ていうか、ヴィクトルさんはご丁寧に「エンゲージリングだよー」「金メダル取ったら結婚だよー」ってはっきり言ってるじゃないですか……。どこの単なる師弟がエンゲージリングを交わすんだよ。
(余談ですが、個人的には、勇利くんは、ロシア人が右手に結婚指輪をすることを絶対知ってたと思います。8ヵ月も一緒に暮らしてたんだから。)

ある時期以降の彼らはプラトニックですらなくなっていると個人的には確信していますが、本当にそういう関係なのか、それがいつからなのか等々は人それぞれにいろいろな解釈があるみたいなので触れません。ただ、彼らの関係に恋愛は入っていないという主張に付き合うのはあまりに面倒くさいし、そのような主張は本作の真価を半分以下に減らすに等しいと思っているので、この文章はそういう前提で話を進めさせて戴きます。

しかし正直言うと、私自身も、途中まではどちらかというとBL的な匂いを少し警戒しながら見ていたように思うんですよね。そういう傾向が、作品が一般的に受容される余地を狭めてしまうように思えたから。でも、意に反し、誰かが誰かを全身全霊かけて愛する姿を真正面からド直球で見せつけられて、途中から何かの回路がブッ壊されてしまったみたいに「だーっ !! お前らもうさっさと結婚しちまえ!」に変わってしまっていました。はい、私が浅はかでした。申し訳ありませんでした!
同性同士のカップルというと、同性愛とかBLとかホモとか言って拒否してしまう人も少なくないのかもしれませんが、そういう理由で本作を切り捨てて分かったつもりになっても実際は何も理解していることにはなりませんよね。あなたがもしヘテロセクシャルで、同性同士のカップルとかそういうものはどうしても受け付けられないというのなら……アニメは嗜好品なんだし、無理に見る必要はないのでスルーして戴いて構わないとは思うのですが、この話の何がそんなに熱狂を巻き起こしているのかを一切見ようとしないのは、格好のフィールドワークの素材を無視するという意味で、非常に勿体ないと思うんですよね。あなたがもし何らかの創作活動に携わっている人なら尚更です。
もしかしてあなたは、“主人公と自分を同化させる”という見方をしているのではありませんか?いや、誰もあなた自身に同性を好きになれとか言ってないですよ?むしろ主人公達を傍目で眺めるスタンスでいいんじゃないですか?例えば、見た目は普通だったけど実はもの凄い特技を持っていた昔のクラスメイトとか、よく知らないけど何かの大会に出ているらしい遠い親戚の子とか、そんなふうに思えばいいんじゃないでしょうか。その子が本業でもの凄く頑張っていて、どんな形であれ誰かを愛して幸せになったのだとして、そうか、よかったね、と思えず蔑んだりしかできないのであれば、それは心が狭いってものなんじゃないですかね?人の恋路はそれぞれだと温かい目で見守ってあげればいいじゃないですか。
あなたが“腐女子”とかなんとか呼んで見下したがっている本作の女性ファンには、カップルのどちらかに自分を置き換えてみたりするタイプの人はむしろ少数派なんじゃないでしょうか。それよりは、あんなカップルがいたら素敵だな、と遠巻きに眺めて尊いものとして拝みたいというか、眩いような愛の中にいる人達を見て嬉しい気持ちになりたいというか心を暖められたいというか、そういうんじゃないですかね。そうすることによって愛というものの存在を信じられるような気がするから。それは愛というものの存在を疑っていて絶望しかけていることの裏返しかもしれないけれど。

あと、あんなふうな主人公達は現実離れしていると非難する人。アニメはそもそも理想を描くものでしょう?それを言うなら、多くのアニメの可愛い女の子キャラ達は、大概みんな現実離れしてるじゃないですか。そんなことを言い出し始めたら、ジブリのヒロインだってほとんど全部成立しなくなりますけど、いいのかな?

ということで中編に続きます。