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おばさんシネマ

最近見た映画など。

映画【ゴンドラ】の思い出

映画よもやま

 

伊藤智生監督の【ゴンドラ】という映画のリバイバル上映があり、大昔にテアトル新宿で観て以来、ほぼ30年ぶりくらいに拝見させて戴きました。

伊藤監督は、このたび30年ぶりに二作目の劇場用長編を撮ることを決意し、その決意をより確かなものにするために本作のデジタルリマスター版を作成したそうです。そして、2/11から2/24までの2週間、ポレポレ東中野で、このリマスター版の上映が行われるそうです。

私が見たのは、それに先だって行われたユーロスペースでの35ミリフィルムの上映でした。このフィルム版は、経年劣化はあっても、まだ何とか上映可能な状態だったとのこと。そして今や、35ミリフィルムを上映できる映画館は都内でも数えるほどしかない、と聞くと、やはり歳月の流れを感じてしまいますね……。

 

 

私が【ゴンドラ】に思い入れがあるのは、この映画がかつて、【戦場のメリークリスマス】、【ゴダールのマリア】、パトリック・ボカノウスキー監督の【天使】などともに、自分を映画という底なし沼に引き摺り込んだ映画のうちの1本だったからです。

海外との合作映画だった【戦メリ】などは別にして、それまでの日本映画は、泥臭いとか暗いとか、はたまた過度にミーハーであんまり中身がないとか、そういうダサいイメージでした。(当時の自分はまだ、角川映画なんかを穏当に評価できるほど、こなれていなかったし。)そういった固定概念を完全に覆して、日本映画にも観るべき作品はあるからちゃんと向き合わなければならないのだ、ということを決意させてくれたのがこの映画でした。

 

 

でも実際に再見してみて唖然としました。というのも、内容をほぼ忘れてしまっていたからです!

主人公の少女のちょっと衝撃的な登場シーンもそうですが、もう一人の主人公というべき青年の存在がすっぽり抜け落ちていたのにはかなり驚きました。そして、青年を忘れていたということは、清掃用のゴンドラに乗ってビルの窓を拭いている青年の登場のシーンも、その後のストーリーもほぼ忘れていたということで、少女が死なせてしまった小鳥の埋葬場所を探すくだりも、青年の故郷の寂れた漁村も、あまりに美しい海の色も忘れていたということで、


覚えていたのは、

少女がどこだか分からない線路の上を一人歩いているところと、

熱を出した少女のかすむ意識の端に口論する両親がおぼろげに映るところと、

二人が乗った小舟が夕焼けの海に逆光で浮かび上がるところの、

3つのシーンだけでした。


そう、まばゆい黄金色の海に浮かんだ小舟はまるでゴンドラみたいだった。あれが映画のラストシーンだった。


不思議なもので、観ているうちに、忘れていたはずのいくつものシーンも記憶のどこかに刻みつけられており、確かに以前観たことがあったと思い出されてきたのです。

そういえば当時、青年が微妙な年頃の少女を連れ回すなんて話がちょっと危うく感じられて(実際は少女が青年につきまとっていたのですが)、途中まで少しハラハラしながら見ていたことも思い出しました。でも結局は、世知辛い世相に毒されている自分を見つけて、少し哀しく感じただけでした。この二人はただ、歪みのない魂のありかを求めて、きょうだいみたいに寄り添って彷徨っていただけだったからです。

 

 

実は、映画を再見する前は、もしかしてこの映画が記憶の中だけで過度に美化されているんだったらどうしようって、少々おっかなびっくりでした。でもそんな心配は杞憂に終わり、この映画が長年思い続けてきた以上に素晴らしい映画だったことに安堵し、感謝したい気持ちになりました。

もし機会がありましたら、皆様も是非一度ご覧になってみて戴けると嬉しいです。