たそがれシネマ

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今更ながら【かぐや姫の物語】の感想

 

かぐや姫の物語

本作を観て、何故かトーキング・ヘッズの『Heaven』という曲が真っ先に頭に浮かんできた。「…Heaven is a place where nothing ever happens.」死後の世界なんてものが(そもそも無いと思うけど)もしあるとするのなら、何の色彩も無く、何の匂いもせず、何の感覚も無く何の感情も起こらない、真っ白な空間のような世界なんじゃないかと思っていた。かぐや姫が帰っていくのは、きっとそんな、怒りも苦しみも無いけれど、喜びも一切無い世界のことなんじゃないかと思った。

生きていることの苦しみから解放されたいと願う気持ちは、人間の中には常にどこかに存在しているものなのかもしれない。けれど、苦しみも含めた何かを感じることを手放してしまうのは、生きていないのと同じことなのかもしれない。だからかぐや姫は、清浄で苦しみも無いけれど何も起こらない世界を離れ、苦しみや不浄に満ちているけれど溢れる感覚を享受することができる世界に足を踏み入れることに恋い焦がれたのだろう。これは何が人間を人間たらしめているかについての深遠な問い掛けではないのか。でもかぐや姫は結局は元の世界に連れ戻されてしまう。そのことは何を意味しているのか。

かぐや姫ってこんな凄いお話だったっけ……?基本的な筋書きがそれほど改編されている訳ではないのだが、高畑監督が深く掘り下げた解釈により、この話にはもともとこんな哲学的な意味があったのではないかと想起させられる。そして、日本の文化は根底にこれほどの洞察を内包していたのだろうかと震撼とさせられる。技術的または美術的な到達点を考えても、本作は世界のアニメーション史にも映画史にも残る資格がある紛うことなき傑作だと断言できると思うけれど、もしかしたら私達は、そんな地点にすら留まらない何かとんでもないものを見せつけられているのではないだろうか。

 

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日本時間で明日発表になるアメリカのアカデミー賞の長編アニメーション部門高畑勲監督の【かぐや姫の物語】がノミネートされているので、別稿に書いた【かぐや姫の物語】の感想を転載してみました。

高畑さんは受賞できるのでしょうか?いや、それは無理じゃないかなぁ。前評判の高い【ベイマックス】や【ヒックとドラゴン2】などが、観客に必ずウケて儲けを出すことを至上命題としている商業アニメーションの枠内での最高到達点を目指している作品だとするならば、高畑さんの作品は根本的に異なっているというか、人類が到達しうる表現という地平線の彼方を目指そうとしているかのような。高畑さんは見掛けの温厚さとは裏腹な相当なディーモン的人物だと思われるのですが、穿った見方をすれば、高畑さんは出資者の都合も何も省みず、莫大なお金を湯水のように使って壮大な実験的アニメーションを創っただけだとすら言えるのではないかと思います。

世の中にはそれが間違っているという人もいることでしょう。でも私は単なる一観客なので、出資者の側の都合など知ったこっちゃありません。どんな経緯があろうとも、もしそれでどれだけの人が迷惑を被ることになったとしても、私はこの作品がこの世に生まれ出てきてくれたことを寿(ことほ)ぎたいと思うだけです。あらあらかしこ。