たそがれシネマ

最近見た映画など。

最近見た映画 (2019/10/21版)

 

最近、こんな映画を見ました。

 

サタンタンゴ
先日引退を表明したタル・ベーラ監督が1994年に製作した7時間18分の映像叙事詩。ストーリーを語るだけならおそらく、2時間前後という現在の劇映画のフォーマット(それもかつて人間の生理に合わせて発明されたものなんだろう)でも充分語れるんだろうけど、そうした中で切り落とされてしまう人間の生の存在感とか息遣いとか手触りとか空気感とかを掬い取ろうとするとこういう形になったのだろう。閉じられた時空に現出する黄昏の世界を追体験することは、確かに忘れがたい強烈な映像体験になる。

 

ディリリとパリの時間旅行
ミッシェル・オスロ監督が描き出すベル・エポックのパリ。フランスとニューカレドニアの混血の少女ディリリは、高い教育を受けた勇敢でエレガントなレディで、パリを隅々まで知る配達人の少年と共にある事件の解決に乗り出す。ベル・エポックを美化しすぎでは?というきらいはあるものの、芸術や知性の力で暴力や差別やミソジニーに立ち向かうという監督のメッセージにはシンプルに心を動かされた。

 

ロング・ウェイ・ノース 地球のてっぺん
19世紀のサンクトペテルブルグ。ロシア貴族のお姫様が、北極航路の探検から戻らない祖父の名誉のために独り北へ旅立つ。予想を上回る展開のスケールのでかさに手に汗を握り、少女の力強さと健気さに肩入れしたくなる。これを実写でやったらおそらく鼻白んでしまう。アニメーションのフィクション性とアート性が見事に結実している秀作だと思う。

 

ダンスウィズミー
矢口史靖監督がミュージカル映画に初挑戦!すっかり働く女性の役が似合う年齢になっていた三吉彩花さん&驚愕するほどの歌や踊りの才能を見せるやしろ優さんによるロードムービー仕立てで、全く噛み合わない二人が友情を育むという筋書きが面白い。宝田明さん演じる催眠術師の完璧な胡散臭さもいいスパイス。監督と同年代なせいか、ポップでダンサブルな楽曲の数々がどれもこれも懐かしすぎる。

 

ある船頭の話
オダギリジョーさんが自ら脚本を執筆した長編初監督作品。やがて時代に取り残される運命にある船頭の男を柄本明さんが演じる(柄本さんの主演作というのは珍しいのでは)。正直、男の内面や少女の存在の意味など、幾つかの理屈っぽい部分がうまく映像化しきれていない印象も受けた。が、自然と共生するように生きる男とその舟で川を行き交う人々の描写だけでも圧倒的に美しく、小さな欠点を凌駕して余りある魅力があった。

 

台風家族
【箱入り息子の恋】の市井昌秀監督が描く、父親の葬式に集まったあるきょうだいの肖像。駄目男の兄の草彅剛さん、その大人しい妻の尾野真千子さん、一癖ある妹のMEGUMIさんなど、意外な配役がぴたりと嵌まっているのが面白い中で、エリートサラリーマンの弟役の新井浩文さんはつくづくいい役者だと、どうしても、どうしても思わずにはいられなかった。

 

人間失格 太宰治と3人の女たち
蜷川実花監督が描く太宰治の物語。小栗旬さんに女たらしの役なんてできるのか、なんて懸念は馬鹿馬鹿しいほどに杞憂で、三者三様のやり方で太宰の才能を愛した宮沢りえさん・沢尻エリカさん・二階堂ふみさんのそれぞれの説得力も強烈だった。蜷川実花監督作でどれがいいかと問われたら今後は本作を推したい。

 

引っ越し大名!
超高速!参勤交代】の土橋章宏さんの脚本を、犬童一心監督が映画化。松平直矩(なおのり)という大名が5回も国替をさせられた(父親の代からだと通算7回)のは史実のようで、「引っ越し大名」というあだ名も本当につけられていたらしい。“引っ越し奉行”的な役職があったかどうかは不明だそうだが、史実を元に膨らませた脚本は見事。キャストも演出も盤石で、安心して楽しめるエンターテイメントに仕上がっていて素晴らしい。

 

ドッグマン
ゴモラ】のマッテオ・ガローネ監督の新作で、暴力的な幼なじみに逆らえず仕事や信頼など様々なものを失うトリマーの男の物語。どうして口約束など守ってくれる筈がない幼なじみの口車に乗って犯罪の片棒を担いでしまうのか?分かりきっている展開に易々と巻き込まれてしまういじましい主人公にイガイガする。それだけに、この結末にはある種のカタルシスがある?いや、やっぱり無理かなぁ……。

 

火口のふたり
直木賞作家・白石一文氏の原作小説を、脚本家の荒井晴彦御大が自ら監督も担当して映画化。肉体的にどうしても魅きつけられてしまう男女の宿命的な関係の描写が凄まじく、余計な枝葉が少ない分エロティシズムの純度も高い。しかし、こんな冗談めかした終わり方にしない方が文学的に薫り高い作品になったんじゃないだろうか。

 

ワンス・アポン・ア・タイム・イン・ハリウッド
タランティーノ監督×ディカプー×プラピで描く、こうであって欲しかったシャロン・テート事件。起こるべきではなかった悲劇的な暴力を、フィクション(あるいは“映画の嘘”)の力で否定し乗り越えようとするとは、なんて斬新なことを考えるんだ。作風的にも昔好きだった頃のタラちゃんがちょっと戻ってきたみたいに感じられて嬉しかった。

 

アイネクライネナハトムジーク
伊坂幸太郎さんと斉藤和義さんのコラボから生まれた短編集を、【愛がなんだ】の今泉力哉監督が映画化。偶然生まれた繋がりが連鎖してそれぞれの人々の人生が変化していくような物語だから、【愛がなんだ】みたいな一点突破的な熱量はあまり感じられなかったが、バランスの取れた話法に監督の確かな実力が見て取れたように思った。

 

タロウのバカ
大森立嗣監督が描く、ネグレクトされ続けてきた少年達の世界。反社会的組織のようなものに加わるほどの力もない言わばヘタレな少年達は、自分達より更に弱いものに対して暴力を浴びせることしかできない。その姿には心を抉られるけれど、あまりにも救いもカタルシスもがないのがちょっと辛い。

 

帰れない二人
ジャ・ジャンクー監督が描く、あるヤクザな男とその元情婦の積年の腐れ縁。自分のことを見てくれない人を思い続ける度量など自分にはないので、この女性の気持ちが分からなくて、大地を吹く風が運ぶ砂埃みたいにざらざらとした感触だけが胸に残った。

 

命みじかし、恋せよ乙女
ドイツの監督が描く日本を一部舞台にした幽霊譚。幽霊と妖怪は「怪奇もの」の中でもちょっとベクトルが違うので惜しい!でも監督は、樹木希林さんとどうしても仕事をしたくてこんな話を書いたんじゃないかなぁ。樹木さんの最後の演技は、まるでこの世に別れを告げているみたいに見えて涙が出そうになった。樹木さんさようなら。今まで長い間本当にありがとう。

 

ピータールー マンチェスターの悲劇
マイク・リー監督の新作。19世紀初頭のナポレオン戦争後、経済の悪化で疲弊した英国の労働者階級が選挙権を求めて行っていた抗議活動に、軍隊が直接刃を向けた……。こうして書いているとどうしても香港のことが頭をよぎる。パンピーなど俺らアッパークラスの言うことを大人しく聞いてりゃいいという態度を政治家や既得権益層が隠そうともしないどこぞの落日の国でも、潜在的には同じことが起こってるんじゃないかと思う。

 

アートのお値段
現在のアート市場の実像を売り手・買い手・アーティスト本人・批評家・学芸員など様々な立場の人々を通して描き出そうとしたドキュメンタリー。現在のアート市場って単なる投資の対象と化しており、芸術とは本来どのようなものだったのかということからはやはり遠く遠く隔たっているんじゃないだろうか。という思いがますます強くなった。

 

ヒンディー・ミディアム
インドのお受験がテーマで、我が子を「ヒンディー・ミディアム」(ヒンディー語で授業を行う公立学校)ではなく「イングリッシュ・ミディアム」(英語で授業を行う私立名門校)に入学させようと様々な手を尽くすミドルクラスの夫婦の物語。学歴によって全く違う未来が開ける可能性が高いインドの受験戦争は大変苛烈だと伝え聞くが、その一側面を見せてもらえたように思う。しかし、どれがタイトルだか分からないこのポスターのメインビジュアルは確かにひどいかもしれない。

 

 

他にこのような映画も見ました。

記憶にございません!】は三谷幸喜氏の脚本・監督作。しかし、今の現実の政治状況を考えると、ダメ首相が記憶喪失になったくらいで真っ当な善人になるなんて筋書きはあまりにお花畑が過ぎて、話が進めば進むほどしらけるばかりでした。これ、三谷さんのネームバリューである程度の観客動員は見込めると思うのですが、見た人達はみんな本当に面白いと思っているのかなぁ……?

 

葬式の名人】は映画評論家の樋口尚史氏の監督作。川端康成の小説をベースにしているらしいのですが、学のない自分には、数人で棺桶を担いで街を練り歩くとか、学校でお通夜をするとかいった現実離れした光景が奇矯にしか映りません。そこに付いていける人なら別次元の面白さを見出すことができるのかもしれませんが、私にはその能力は無かったようです。

 

 

去年の映画のログを何とか書き上げようと四苦八苦しているうちに、いろいろあって前回の更新からすっかり間があいてしまいました。毎度毎度、話題が若干古くなってしまい申し訳ありません。次回はもう少し早く更新ができるようにしたいです。