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おばさんシネマ

最近見た映画など。

申し訳ありません……。

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『ユーリ!!! on ICE』の記事を連投させて戴きました……。

こんな大量の駄文でお目汚ししてしまい本当に本当に申し訳ありません……。

いい歳こいて何をやっているのだと言われそうですが、私も本当に全くそう思います。
でも去年からの『ユーリ!!!』熱が本っ当にひどくて、はっきり言って仕事に差し支えまくりなレベルなので、一回全部吐き出してしまいたかったんです~~~ !!!
これで少しは気が済んだ……かな?あら?そうでもなかったりして……ヤバいなぁ。

とりあえず、重ね重ね本当に申し訳ありませんでした……。

 

『ユーリ!!! on ICE』ってどんな話?と聞かれたら

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もし、知人の中年男性・中年女性諸氏に『ユーリ!!! on ICE』ってどんな話?と聞かれたら何て答えたらいいのかな?と、この間から考えていて。

で、なけなしの記憶を総動員して頭の中で検索を掛けたら、自分の中で一番近いと思ったのは『エースをねらえ!』だった。なぜなら、スポーツを扱った漫画やアニメは多いけど、師弟関係を濃密に描いた作品はあんまり思い当たらなかったから。

ただ、『ユーリ…』では宗方コーチと藤堂さんは同一人物で銀髪のロシア人で、岡ひろみは男性だけどね。で、『エース…』ではひろみと藤堂さんはコーチに交際を止められてるけど、『ユーリ…』では関係がどんどん進展していくけどね!

付け加えるなら、銀髪のロシア人はフィギュアスケートの世界でリビングレジェンドと呼ばれるほどの神の申し子のような存在で、主人公は小さな頃から彼に崇拝に近いくらいの尊敬と憧れを抱き続けてきた、という辺りかな。で、主人公の実家は唐津をモデルにした架空の地方都市の温泉旅館で、好物はカツ丼なの。で、これにロシア人の後輩の美少年(ヤンキー)が絡むの。

大体合ってる?

 

『ユーリ!!! on ICE』が怒濤のラブ・ストーリーだった話(前編)

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去年の終盤から『ユーリ!!! on ICE』にどハマリしてしまった話は先日ちょろっと書きましたが、『ユーリ!!! on ICE』の何がこんなに自分の心を捉えてしまったのか……?

本格男子フィギュアスケート・アニメであり、主人公や10人以上いるライバル選手それぞれのSP(ショートプログラム)とFS(フリースケーティング)に本格的な楽曲と振り付けが用意されていて※、ルールも現実の試合に則っているから、まるで本当にフィギュアスケートの試合を見ているような気分になってしまうとか、メンタルが弱かった主人公の勝生勇利くんがどんどん強くなる、というスポ根成長物語や自己実現物語的な側面もあるとか、ひとことでは言い表せないくらい様々な要素が絡み合っていると思うのですが、まず何よりも、この話が、世界中の他のどこでも見たことがないような濃厚なラブ・ストーリーだった、という点が一番肝心なのではないかと思います。

クラシックの流用や一部だけの振り付けもあるけれど、2/3以上はオリジナル曲だし、いっちゃん好きな『愛について~Eros』なんて日本のフラメンコ・ギターの第一人者の沖仁さんがギター弾いてるし、振り付けは日本のフィギュアスケートの振付師の第一人者の宮本賢二さんに20曲分くらいしてもらっているんだよ?で、テーマソングはディーン・フジオカさんのオリジナル曲だよ?凄くない?

何でこんな話を書こうと思ったのかというと、この話が“師弟愛”の話だと強弁する人をたまに見掛けるから。確かに主人公の勇利とヴィクトルの関係の中には“師弟愛”の要素が強くあることは全く否定しませんが、どう考えたってそれだけじゃないでしょう?

子供とかならまだともかく、いい年こいた大人で彼らが恋愛関係にあると言いたがらない人達の思考回路は私にはさっぱり理解できませんが、それが“同性同士の恋愛なんて商売にしづらいから”という理由でやっきになって恋愛要素を払拭させようとする人達の思惑だったりしたら大変に嫌なので、声を大にして「これはラブ・ストーリーですから!」と吹聴したくなったのです。

大体、
恋人でもないのにあんな手の握り方は絶っっ対にしないし(特に物語後半)、
成人男性が恋人でもない成人男性を「スリーピング・ビューティ」(眠り姫、または眠れる森の美女)と呼んだりなんて絶っっ対にしないし、
成人男性が恋人でもない成人男性にリングを贈ったりなんて絶っっ対にしませんから!
ていうか、ヴィクトルさんはご丁寧に「エンゲージリングだよー」「金メダル取ったら結婚だよー」ってはっきり言ってるじゃないですか……。どこの単なる師弟がエンゲージリングを交わすんだよ。
(余談ですが、個人的には、勇利くんは、ロシア人が右手に結婚指輪をすることを絶対知ってたと思います。8ヵ月も一緒に暮らしてたんだから。)

ある時期以降の彼らはプラトニックですらなくなっていると個人的には確信していますが、本当にそういう関係なのか、それがいつからなのか等々は人それぞれにいろいろな解釈があるみたいなので触れません。ただ、彼らの関係に恋愛は入っていないという主張に付き合うのはあまりに面倒くさいし、そのような主張は本作の真価を半分以下に減らすに等しいと思っているので、この文章はそういう前提で話を進めさせて戴きます。

しかし正直言うと、私自身も、途中まではどちらかというとBL的な匂いを少し警戒しながら見ていたように思うんですよね。そういう傾向が、作品が一般的に受容される余地を狭めてしまうように思えたから。でも、意に反し、誰かが誰かを全身全霊かけて愛する姿を真正面からド直球で見せつけられて、途中から何かの回路がブッ壊されてしまったみたいに「だーっ !! お前らもうさっさと結婚しちまえ!」に変わってしまっていました。はい、私が浅はかでした。申し訳ありませんでした!
同性同士のカップルというと、同性愛とかBLとかホモとか言って拒否してしまう人も少なくないのかもしれませんが、そういう理由で本作を切り捨てて分かったつもりになっても実際は何も理解していることにはなりませんよね。あなたがもしヘテロセクシャルで、同性同士のカップルとかそういうものはどうしても受け付けられないというのなら……アニメは嗜好品なんだし、無理に見る必要はないのでスルーして戴いて構わないとは思うのですが、この話の何がそんなに熱狂を巻き起こしているのかを一切見ようとしないのは、格好のフィールドワークの素材を無視するという意味で、非常に勿体ないと思うんですよね。あなたがもし何らかの創作活動に携わっている人なら尚更です。
もしかしてあなたは、“主人公と自分を同化させる”という見方をしているのではありませんか?いや、誰もあなた自身に同性を好きになれとか言ってないですよ?むしろ主人公達を傍目で眺めるスタンスでいいんじゃないですか?例えば、見た目は普通だったけど実はもの凄い特技を持っていた昔のクラスメイトとか、よく知らないけど何かの大会に出ているらしい遠い親戚の子とか、そんなふうに思えばいいんじゃないでしょうか。その子が本業でもの凄く頑張っていて、どんな形であれ誰かを愛して幸せになったのだとして、そうか、よかったね、と思えず蔑んだりしかできないのであれば、それは心が狭いってものなんじゃないですかね?人の恋路はそれぞれだと温かい目で見守ってあげればいいじゃないですか。
あなたが“腐女子”とかなんとか呼んで見下したがっている本作の女性ファンには、カップルのどちらかに自分を置き換えてみたりするタイプの人はむしろ少数派なんじゃないでしょうか。それよりは、あんなカップルがいたら素敵だな、と遠巻きに眺めて尊いものとして拝みたいというか、眩いような愛の中にいる人達を見て嬉しい気持ちになりたいというか心を暖められたいというか、そういうんじゃないですかね。そうすることによって愛というものの存在を信じられるような気がするから。それは愛というものの存在を疑っていて絶望しかけていることの裏返しかもしれないけれど。

あと、あんなふうな主人公達は現実離れしていると非難する人。アニメはそもそも理想を描くものでしょう?それを言うなら、多くのアニメの可愛い女の子キャラ達は、大概みんな現実離れしてるじゃないですか。そんなことを言い出し始めたら、ジブリのヒロインだってほとんど全部成立しなくなりますけど、いいのかな?

ということで中編に続きます。

 

『ユーリ!!! on ICE』が怒濤のラブ・ストーリーだった話(中編)

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本作の原案の久保ミツロウ先生と山本沙代監督は、男子フィギュアスケートの世界をアニメにしたいという動機が根本的にあって、そこから外国人コーチと日本人選手の話を発想していったということです。最初は、本作のもう1人の中心人物であるユーリ・プリセツキーを主人公にする案もあったそうなのですが、哀しい話になりそうだったので断念し、ヴィクトル・ニキフォロフと勝生勇利を中心に据えたところストーリーが動き始めたとのこと。そして、原作者すら予期していなかったほど2人の結びつきが強いものになってしまったのだそうです。

最終話まで見て、翻ってまた最初から見てみると、1話から5話まででじっくり温められた2人の関係が、6話以降、加速度的にどんどんギアが入り、10話で最高潮に達したかと思いきや、11話の終わりで大問題が発生して……というジェットコースター的展開が、最初っからきっちり組み立てられていたのだということがはっきり分かってきました。

本作はスケート・アニメなのか恋愛アニメなのか?という疑問をネットで見掛けることがあったのですが、これは愚問だと思います。なぜなら、両方あてはまるから。彼らの人生の根底にはいつもスケートが存在していて、愛も生活も総てがスケートと共にあり、人生とスケートが分かちがたく結びついているから、どっちというふうに分けて考えることは意味がないと思うのです。そして、そのくらいスケート漬けの人達でなければ、世界でトップクラスの選手になることなんてできないんじゃないかと思います。
でも、スケートがなければ愛せないの?それはちょっとなんだかなー、ということであれば、彼らはスケートを入口にして愛や人生について学んでいるのだ、ということではどうでしょうか。

主人公の勇利は人見知りで自分に殻を作って閉じこもりがちなキャラクターですが、ヴィクトルとの出会いにより、家族や、ミナコ先生や西郡ファミリーなどに代表されるような地元の友人や支援者やファンなどの、周囲の様々な人達に支えられて今までスケートを続けてこられたことを理解するようになります。(主人公が人見知りという設定を利用して、かなり少人数に集約しているけれど、この辺りの人物配置がものすごく上手いと思います。)また、ライバル達も、戦う相手ではあるけれど氷の上で同じ目標を目指す同志でもあることもヴィクトルから教えられます(5話)。「今までずっと一人っきりで戦っていると思っていた。でもヴィクトルが現れてそれは一変した」(4話)と言うように、彼はこれまでも様々な愛に包まれて生きてきたのだということに気づくことができたのですが、その変化の中心にあったのが、幼い頃から崇拝に近い憧憬を抱き続けてきた大切な人、ヴィクトルとの関係でした。
1話の「僕は一人で滑っていく」が、最終話では「一人で抱えるには大きすぎる夢じゃなきゃ辿り着けない場所がある」に変化するのが、ドラマチックじゃなくて何なのでしょう。

一方、ヴィクトルには、「スケートから離れて頭の中に浮かぶのは2つのL、LifeとLoveだ。20年以上俺がほったらかしにしてること」とつぶやくシーンがあります(10話)。ということは、ヴィクトルは5歳前後からスケート一筋の人生だったんですね。
ヴィクトルの話の内容からすると、普通に何人かの人と付き合ったりはしていたみたいですが、2話の始めにコーチのヤコフに軽くキスして「ゴメンね」と言って別れを告げるシーンや、7話で勇利を泣かせた後に「泣かれるのは苦手なんだ。キスでもすればいいのかい?」と言い放つシーンから類推するに、深入りしたりせず、相手の気持ちに寄り添うこともなく、泣かれるとキスして黙らせて、こじれる前に「ゴメンね」と言ってあっさり別れてしまうような浅い付き合いを繰り返してきたのでは……と想像してしまいます。何せ彼にとって一番大切なのはスケートで、他のことはそれほど重要ではなかったのではないでしょうか。
そんな彼は、あまり長く王座に居続けたことで“もうみんな何をやっても新鮮には驚かない”(3話)状態になってしまったことに行き詰まりを感じており、「いつだって新しい気持ちで滑っていればみんな驚いてくれる。自分の首を絞める枷でもあった。新しい強さは自分で創り出すしかない、ずっとそう思ってた」(11話)と独白しています。
そんな彼に、20年以上ほったらかしにしてきたLifeとLoveをもたらしてくれたのが勇利でした。「勇利の持っているLifeとLoveは、俺が今まで触れたことのない新鮮な世界を教えてくれた」(10話)「今は勇利を通して新しい感情が俺の中に流れ込んでくる」(11話)というヴィクトルの独白……私は泣けて仕方ありません。
ヴィクトルは勇利に「勇利は俺にどの立場でいてほしい?父親的な?兄?友達?じゃあ恋人か(……頑張ってみるか)」(4話)と尋ねますが、勇利は「ヴィクトルはヴィクトルでいてほしい」と答えます。これは非常に重要なセリフかも……と思っていたら、最終話の山場のシーンにも出てきたのでやはり重要なのでしょう。何かの役割を期待するのでなく、あなたがどんな人でも、ただありのままのあなたでいてほしい。ヴィクトルにそう告げた人はもしかしたら今までいなかったのかもしれません。

そんなヴィクトルに愛を捧げるように滑る勇利。その姿をうっとりと眺めるヴィクトルは、まるで恋する乙女みたいです。
スケートを介したヴィクトルと勇利の関係は、単なる恋人とか師弟関係とかを超えた、世界中の他のどんな関係とも似ていない、唯一無二の関係であるように思えます。

そのヴィクトルのセクシャリティを示唆する、気になるエピソードがあります。
2話のヴィクトルは、最初、勇利とミナコ先生の仲を疑っていたみたいで、勇利に「ミナコが好きなのかい?」と尋ね、外出した勇利の行き先が「ミナコさんのとこかアイスキャッスル(スケート場)」と言われて面白くなさそうな顔をします。(この時のヴィクトルの表情がいい!)まぁ、すぐに持ち前の行動力を発揮してミナコ先生の経営するバーに偵察に行き、ミナコ先生はバレエの先生で勇利は熱心な生徒にすぎなかったことが分かるのですが(そしてそのミナコ先生が勇利にフィギュアスケートを勧めたという設定です)、ここで肝心なのは、ミナコ先生は勇利の母親の先輩で、おそらくアラフィフくらいだと思われ、勇利とは文字通り親子ほど歳が離れているということ。でもヴィクトルはそんなことは意に介していないみたいですね。
そもそも最初に勇利に「好きな女の子はいるの?」と尋ねるシーンも、10話を見た後に見るとあれ?と思いました。……もしかしてヴィクトルは、愛の形にこだわらず、どんな愛でも受け入れるタイプの人なんじゃないでしょうか
ヴィクトルは男性しか愛せないタイプには見えないのですが、バイセクシャル両性愛者)というよりは、パンセクシャルとかオムニセクシャルとか呼ばれる全性愛者のような存在であるような気がします。それは、相手の男性らしさや女性らしさに惹かれるのではなく、そもそも性別なんてどうでもよく、その人自身の性格やその人との相性によって恋に落ちるといった性質。そもそもヴィクトルは、世界選手権でもグランプリファイナルでも5連覇を成し遂げているような掛け値なしの天才なので、ちょっと常人と違った性質を持っていても不思議じゃないと思うのです。
ちなみに勇利は、優子ちゃんが初恋の人だったみたいだから(西郡くんと結婚して今や三つ子の母ですが)、普通に女の子を好きになる人だと思われますが、彼にとってのヴィクトルは、小さな頃から優子ちゃんすら凌駕していたほどの特別な存在だったようです。

最初の頃、勇利はヴィクトルのことを「神様がそばにいてくれるようなシュールさ」(4話)なんて表現したりしていますが、この崇拝に近いような感情は最後まで尾を引き、最終話前になって大問題に発展してしまいます。

ということで後編に続きます。

 

『ユーリ!!! on ICE』が怒濤のラブ・ストーリーだった話(後編)

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(注:今回は特にネタバレ成分および手前勝手な解釈成分が高いので、嫌な方は読まないで下さいね。)





勇利の様子が時々おかしくなるところはそれまでも度々見受けられたのですが、まさか最終話の直前でヴィクトルに別れを告げるとは……。
別れと言っても、自分は引退するからコーチをやめて現役に戻って下さい、ということなのですが、関係がこじれたまま離れてしまったらもうそれで終わりになってしまうかもしれないじゃないですかー !!

ゆ、勇利さん?ヴィクトルに事前に何の相談もなくいきなりそれはちょっとひどくない?……と思いましたが、それはこちらがヴィクトルの視点も含めた俯瞰的な立場から見ているからそう思うのであって、ヴィクトルの長年のファンでもあった勇利は、ヴィクトルが現役生活を休んで勇利のコーチをしていることに強い負い目があり(「僕のコーチでいることは競技者としてのヴィクトルを少しずつ殺しているのも同然だ」(11話))、いつかはヴィクトルを氷上に返さなければいけないと常々思い悩んでいたんですね。ヴィクトルを神にも等しい存在として崇めていた10年余年のも歳月は、恋人になった短い期間でそんなに簡単に修正できるようなものじゃなかったんですね。そう思うと、4話の「神様、どうか今だけ、ヴィクトルの時間を僕に下さい」というつぶやきが余計切ないですが……。
しかしだからって、「ヴィクトルも泣くんだ……」ってまたひどいことを。ヴィクトルさんを何だと思ってるんですか?あなたの部屋に長年貼ってたポスターじゃないんだからさ。

そんな勇利にヴィクトルは「自分は引退して、俺には競技を続けろだなんてよく言えるよね !? 」と激高しますが……ここからいきなりFS当日になってしまい、「フリーが終わったらそれぞれ自分で答えを出すと決めた」……っていきなり大人の別れ話みたいな結論になっちゃってるしー !! 実はFSの前に公式練習日が1日あったらしいのですが、彼らはこれに姿を現さなかったらしく、まるまる1日分の描写がサラッとすっ飛ばされているのです。そしてFS本番前の二人は完全に破局寸前って雰囲気じゃないですか。えーっ !! 一体何があったのよー !!
でも、滑走直前に交わした会話で二人は何かを理解し合ったらしく、抱き合って泣いている様子なのですが……正直、私はここまでの彼らの心情の流れがちゃんと理解できていなくて、謎だらけで、最終話が終わってからもずーーーっと悩み続けているのです。頼むよーーー公式様!ちょっとでいいから何か教えてくれよーーーーー !!!!!

……私に分かったのは、勇利がヴィクトルに教わったすべてを注ぎ込んだ最高の滑りを見せたということと、その勇利の思いを受け止めたヴィクトルがついに現役復帰を決意したこと、そして、滑っている最中の勇利が、ヴィクトルとずっと一緒にスケートを続けたいという本音を吐露していたことでした。

しかし、勇利に現役復帰を告げたヴィクトルは何とも言えない複雑な表情をしてたんですよね……。この時のヴィクトルは何を思っていたのでしょう……?

★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★

で、そろそろ、この物語のもう1人の中心人物であるユーリ・プリセツキーにご登場戴かなくてはなりません。

ユーリ・プリセツキーは、ジュニアの世界大会の優勝経験を経てシニアデビュー(大人の大会に出るようになること)目前の15歳のロシア人。ヴィクトルと同じコーチについている後輩です。家庭には恵まれていない様子で、彼に愛を注いでくれた肉親はおじいちゃんだけ。国からの援助を受けており、若いのに一家の大黒柱なので、勝利に対するハングリーさが半端ありません。

ユーリは、勇利に会えば睨みつけて恫喝し、勇利のことを豚・カツ丼・家畜などひどい呼び方で呼び、勇利も最初はユーリに恐れをなしていたのですが、……でも、そもそも最初のシーンで、試合にボロ負けして誰もいないトイレに一人籠もって泣いている勇利のところにどうしてユーリが来ているの?とネットで指摘している人が複数いて……あれ?

そう思って見直してみると、勇利に対するユーリの態度は、好きな子に悪態をつくしかできない、素直じゃない昔の小学生みたいにしか見えなくなってきました。そうしたら最終話で……やっぱりそうか!
そして、勇利の演技を好きなユーリの気持ちが、自分をもっと高めて勇利に勝ち、勇利に認めてもらいたいというモーティベーションに繋がっていたのだと、ほぼ確信するようになりました。

ということで、ユーリの言動を時系列で整理してみました。

1話:勇利のスケーティングに魅かれ、トイレまで追い掛けて行くけれど、メソメソ泣いてる勇利の情けない姿に思わずキレて喝を入れる。その後、バンケットダンスバトル(10話参照)。ダンスする勇利の写真を集められるだけ集めて携帯に大量保存していた。
2~3話:シニアデビューに兄弟子のヴィクトルの力が必要だと考えていたため、日本の勇利の実家にいるヴィクトルを追い掛けてくる。ヴィクトルの気まぐれ?で勇利とスケートで対決することになり、勝ったらヴィクトルを連れ帰る約束をするが、勇利の滑りと、それを見詰めるヴィクトルの様子を見て断念。ロシアに帰り、より強くなって自分の存在を認めさせたいと心に誓う。
4話:リリア先生がコーチに加入。黙々と修業する。
5話:日本国内大会でのヴィク勇の写真を見て携帯をぶん投げ、ミラ(同僚の女子選手)に「妬いてんの~?」とツッコまれる。
6~7話:中国大会のFSでのヴィク勇のキス映像が世界に流出。「ボルシチにしてやる」とキレる。
8話:ロシア大会には勇利もユーリも参加。勇利に対し、勝ってヴィクトルをロシアに残すと宣言(二人を引き離したかったの?)。キスクラでのあまりに親密なヴィク勇にキレて試合前の緊張を忘れる。
9話:ヴィクトル不在で調子の悪い勇利を思わず応援。(ヴィクトルが勇利をロシアに一人残して日本に帰ってしまうエピソードの周到さには唸りました!)試合後も様子のおかしかった勇利をあちこち探し回り、じいちゃん特製の大事なカツ丼ピロシキをプレゼント。この時の珍しく素直なユーリの可愛さったら!
10話:ヴィク勇の婚約を聞きあからさまに動揺。翌朝、海岸に一人佇むヴィクトルに背中から蹴りを入れ、「ヴィクトル・ニキフォロフは死んだ。あんなクソみたいな家畜の世話して何満足げな顔してんだ」「さっさといなくなれジジイ。家畜からもらった指輪はただのガラクタだ。俺が勝って飼い主がいかに無能か証明してみせる」と毒づく。
ここは文字通り、スケーターとしての意欲を失ったかに見えるヴィクトルに対する失望と捉えている人が多いようなのですが、私にはどうしても、勇利をかっさらってしまったヴィクトルへの嫉妬に見えてしまうんですよね……。
11話:SPでヴィクトルの記録を抜く。やったね!その後、キスクラのヴィク勇を蹴っ飛ばし、勇利の隣りに座るサーラ(美人の女子選手)との間にも割って入る。
最終話:勇利が引退するかもしれないことをヴィクトルから告げられ、ヴィクトルに力なくハグされる。(この時ヴィクトルは、ユーリに具体的に何かを告げた訳ではない、と個人的には思っているのですが……。)何かを決意したユーリは、全力の演技で勇利の引退を阻止しようと試みる。「金メダル取れたらやめんのか。ヴィクトルの点超えられたら他はどうでもいいのか。ふざけんな !! 俺をがっかりさせんな !! 豚に食わせる金メダルはねぇっ!」「今引退したら一生後悔させてやるよ。バーーカ!」
演技が終わった時、ユーリは感極まって泣いてしまうのですが、どんな感情が渦巻いていたんでしょうか……。

(……これは完全に個人の妄想レベルの話になってしまうかもしれませんが、私はこのユーリの姿に、少年の恋の終わりを見てしまったんです。)

勇利の滑りを見てヴィクトルが現役復帰を決意するのは予想してたけど、ユーリの滑りを見て勇利が引退を撤回するのは全く予想外でした。

でもここで少し残念に思うのが、時間の関係で、最終話におけるユーリの描写が限られたものになったこと。最終話は、全体的に尺を切り詰めに切り詰めている印象があったのですが、久保先生のお話によると、初回のネームが70Pだったのに対し、最終話のネームは120P(約1.7倍)くらいあったらしく、回想シーンなどを挟めばもう1話作ることが出来るくらいのボリュームがあったようなのです。しかし、テレビアニメの枠組の制約の中ではそんなに簡単に尺を増やしたりできない。そうなると、まずは勇利とヴィクトルの話を中心に描かざるを得ず、その結果、ユーリの描写があおりを受けてしまったのではないかと思われます。実際、本作のスケート曲を集めたサントラにはユーリのエキシビションの曲があるのに、本編には登場しませんでしたよね。

10話のラストにびっくりするようなエピソードが出てきて、これまで信じられてきた勇利とヴィクトルの関係が反転してしまい、もう1度1話から見直さざるを得なくなってしまったように、最終話でユーリが最初から勇利の滑りに魅かれていたことが明らかになったことで、ユーリと勇利の関係も反転し、更にもう1度1話から見直してみたくなってしまう、という驚くほどに周到な仕掛けと伏線が張り巡らされたシナリオだったことに気づいた時、私は身震いしてしまいました。
だからこそ、最終話でユーリの心情をもっとじっくり描くことができていれば、勇利の引退をユーリが最後に覆したというクライマックスと相まって、この話が二人のユーリとヴィクトルの三重奏の物語としてもっと完成されたものになっていたのではないかと思われ、それが完全には果たせなかったと見受けられるところが、少しだけ残念に感じられるのです。

もちろん、これは監督の手腕等々の問題などではなく、完全に時間的制約の問題です。むしろこれだけ中身の詰まった最終話をよくここまでまとめ上げて下さったものだと、山本沙代監督を始めとするスタッフの皆様には心からの感嘆と感謝と畏敬の念しかありません。

それでも、やっぱり最終話に今一つ食い足りなさを感じているのも事実なんですよね~。だから、2期があるなら見たいけどその前に、10話あたりから最終話までのグランプリファイナルの完全版を映画か何かにしてもらえないものだろうかと、切に願ってやみません。あのFS前の空白の1日や、ユーリの心情や、試合後の表彰式からエキシビションに至るまでの諸々のエピソードなどをもう少しじっくり描いて欲しいし、我儘を言えば、エキシビションだって、本当はもっとたっぷり見たかったんです……!

と勝手な願望を書き散らしておいて、やっと話も尽きてきたのでそろそろ本編を終わりにしたいと思います。この作品に携わって下さったすべてのスタッフの皆様と声優の皆様、この作品を全力でこの世に送り出して下さって本当にどうもありがとうございました!

最後まで読んで下さった方がもしいたら。こんな駄文に長々とお付き合い戴き本当にどうもすみません。少しは気が済んだような気がします。どうもありがとうございました。

 

『ユーリ!!! on ICE』で好きなキャラ

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『ユーリ!!! on ICE』には中心となる3人の人物以外にも魅力的なキャラクターがたくさん出てきますが、その中でも自分が特に好きなキャラクターのことをちょっとだけ書かせて下さい。

まずはみんな大好きなピチット・チュラノン君。嫌な人物というのがほぼ登場しない『ユーリ…』の中でも屈指の本当にいい子。単にいい子なだけじゃなく、人一倍闘争心も高くて、志も高い。ピチット君を見ているだけで心が洗われる~。で、こんなにいい子が親友だと言ってくれているなんて、勇利くん自身もどれだけいい子なんだと思わずにはいられません。
想像してみるに、10代の半ばから本国のタイを離れ単身で外国に修業に来ていたピチット君だって、しんどいことも、寂しくなる時も、たくさんあったんじゃないかと思うんです。でもそんな時、勇利はごく自然に親切に接してくれていたんじゃないかと思うんですよね。
10話の例のシーンでピチット君が即座に状況を理解したのは、デトロイト時代もその後も勇利と頻繁にやりとりをしたりその動向をチェックしていたりして、勇利が今どんな状況にあってどんなことを考えているのかよく知っていたからなんじゃないかなと思います。

次にリリア・バラノフスカヤ先生。元ボリショイ・バレエのプリマで、ロシア・チームのコーチのヤコフが呼んだユーリ専属のコーチ(ヤコフの元妻)。実際、バレエの出身者がフィギュアスケートに関する仕事に携わることはままあることなのだそう。
リリア先生は、フィギュアスケートが単なるスポーツ競技であることを超え、美的要素や芸術的要素も併せ持つ競技であることを端的に体現している人物だと思います。そしてその演技の根底には愛が必要なことを誰よりも理解している人物でもあります。
「過去の自分は死にました!何度でも生まれ変われる人間が強いのです!」(4話)「美しさは圧倒的な正しさ。強くても美しくなければ意味がないわ。」(9話)「(ユーリは)沢山の出会いの中、愛の入口を感じたのではないかと思います。」(11話)名言ですな。

そして『ユーリ…』の全キャラの中で個人的に誰よりも興味深いのがクリストフ・ジャコメッティ。かつてヴィクトルがクリスに投げたピンクのチューリップの花言葉は「愛の芽生え」。クリスの携帯の待ち受けもヴィクトルとのツーショット。クリスは絶対にヴィクトルを愛してるよね。でもクリスには現実の恋人はおそらく別にいて、ヴィクトルとの関係は氷の上でしか成就しない。だからこそヴィクトルを氷の上に連れ戻したいと誰よりも願っている。
ヴィクトルの長年のライバルという、誰にも真似できない唯一無二の座を、努力を重ね時間を掛けて勝ち取ったクリスの愛は相当にこじれまくっていると思います。そして勇利には不思議なほど優しいんですよね。むしろヴィクトルが愛しているものはオレも愛している、くらいに達観しているような。そんなクリスが好きでたまりません。しかし、“色気の破壊兵器”と言われるクリスに、私は逆にあんまりエロスを感じないんですけどね……なんでだろう。

 

2016年の個人的ベスト20映画

映画よもやま

 

2016年の個人的ベスト映画です。

 

1.【シン・ゴジラ
2.【この世界の片隅に
3.【リップヴァンウィンクルの花嫁】
4.【葛城事件】
5.【ひそひそ星】
6.【永い言い訳
7.【怒り】
8.【日本で一番悪い奴ら】
9.【オーバー・フェンス】
10.【後妻業の女】
11.【サウルの息子
12.【最愛の子】
13.【リリーのすべて
14.【キャロル】
15.【マネーモンスター
16.【ルーム】
17.【スポットライト 世紀のスクープ
18.【グッバイ、サマー】
19.【十字架】
20.【モヒカン故郷に帰る
20.【湯を沸かすほどの熱い愛】

 

(ドキュメンタリー金賞)
バンクシー・ダズ・ニューヨーク】【シチズンフォー スノーデンの暴露】【シリア・モナムール】

(ドキュメンタリー銀賞)
【牡蠣工場】【台湾新電影(ニューシネマ)時代】【カルテル・ランド】【奇跡の教室 受け継ぐ者たちへ】

(ドキュメンタリー銅賞)
【お母さん、いい加減あなたの顔は忘れてしまいました】【園子温という生きもの】【いしぶみ】【カレーライスを一から作る】【フランコフォニア ルーヴルの記憶】

(ドキュメンタリー音楽賞)
【ミスター・ダイナマイト ファンクの帝王ジェームス・ブラウン】【ザ・ビートルズ Eight Days A Week The Touring Years】

 

書いてみてから気づきましたが、1位から10位まで全部日本映画でした。ありゃ凄い。
シン・ゴジラ】は昨今の実写映画としては驚異的な数字を売り上げ、昨年前半にはあんなに話題を振りまいたのに、後半に出てきた【君の名は。】や【この世界の片隅に】すっかりスポットライトを持って行かれてしまい、あんまりにも不憫だったので敢えて1位にしてみました。異論は受け付けませんので(笑)、ご自分のチャートを作ってご自分の希望を反映させてみて下さい。

 

よろしければこちらの元ページもどうぞ。

 

2017/01/11追記:

こーんな不穏な記事を見掛けたのでいやーんと思って。
2つくらい前の記事に書きましたが、私は【この世界の片隅に】も【君の名は。】も両方いい映画だと思ってる派です。この記事には書き切れませんでしたが、【君の名は。】も、去年180本くらい見た中で30位以内くらいには入ると思うの。ただ、自分の中でそれ以上の評価にならないのは、あの映画の瑞々しさを正確に受け取る回路を持っていないというこちらの問題なのであって、映画のせいではありません。

 

2017/01/17再追記:

大昔に書いたっきりの話を一つ思いだしたので追記しておく。
そもそも、なんたら雑誌賞やらなんたらバカデミー大賞やらに信頼を置きすぎというか、権威か何かとして崇め奉りすぎなんじゃないのかな。
このブログの記事自体そうだけど、どこかの誰かの評価なんてすべて参考にしかならないものだし、自分にとってその映画がいい映画かどうかは、結局、自分の目で確かめてみなければ何にも分からないでしょ。