たそがれシネマ

最近見た映画など。

最近見た映画 (2019/04/15版)

 

最近、こんな映画を見ました。

 

ROMA/ローマ
タイトルはメキシコシティのローマ地区のこと。ミシュテカ族のある女性と、彼女がメイドとして働く一家の物語は、アルフォンソ・キュアロン監督自身の幼少期の体験を基に創作されたもので、背景には1970年頃の政情不安定だったメキシコが映り込んでいる。しかし何より印象に残ったのは、女性達の逞しさと友情と共闘、そして男は頭からっぽの愚か者……ってところだったなぁ。

 

ブラック・クランズマン
白人ばかりの警察署内で実績を上げるためKKKに潜入捜査した黒人刑事のノンフィクションをスパイク・リー監督が映画化。公民権運動も鎮静化しつつあった1970年代半ばの時代の雰囲気や、白人の中でもまた特殊な立場にあるユダヤ人の刑事の描き方など見どころが多いが、KKKの幹部ですらどこかユーモラスに表現されているところに、昔のバリバリに尖っていた頃の監督では考えられなかったよな~と不思議な感慨があった。

 

運び屋
クリント・イーストウッド監督の最新作で、大量のドラックを車で運ぶ仕事を成り行きで請け負ってしまった老齢の男を自ら演じる。(あれ?俳優引退するとか言ってなかった?)偏屈ゆえに家族からも見放された男が、徐々に自分の人生と折り合いを付けていくストーリー展開が見事。しかし、お金って使おうと思えばいくらでも必要になるんだよなーという人生あるあるにしみじみしてしまった。

 

ワイルドツアー
きみの鳥はうたえる】の三宅唱監督が山口情報芸術センターYCAM)と協動して制作した作品。地元の中高生達とのコラボで生み出されたキャラクターの瑞々しさと生々しさと奇をてらわない美しさに、映画が生まれ出るスリリングな瞬間を見た気がした。山口市って随分面白い取り組みをしているんだなぁと感心した。

 

岬の兄妹
ポン・ジュノ監督や山下敦弘監督の助監督経験を持つ片山慎三監督の長編デビュー作。兄が自閉症の妹に売春をさせる話と聞いて見たくなさ度MAXだったが、そこに至る状況や心情が丁寧に描かれていて重厚な説得力があった。妹さんに悲愴さがないのが救いだが、それを救いと感じていいものか……とにかく避妊具の使い方だけは真っ先に教えてあげて欲しい。

 

月夜釜合戦
再開発が進められ無毒化されようとしている大阪の釜ヶ崎。その場所に息づき、これからもそこで生きつづけようとする人々に対する思いが込められた一編。ここを追い出された人達はどこへ行けと言うのだろう。ちなみに釜ヶ崎大阪市西成区北東部の一部の地域のことで、メディアは同地区をあいりん地区と呼ぶのだとのこと。

 

たちあがる女
【馬々と人間たち】のベネディクト・エルリングソン監督の最新作。アイスランドの広大な大地に巨大な鉄塔と送電線は確かに似つかわしくないけれど、だからって環境テロに走っていいものか……。そんな諸々を内包しながら営まれる主人公の女性の人生に、部分的には共感してしまう。時々生バンドが登場してその場でBGMを演奏するのがクセになる面白さ。

 

ぼくの好きな先生
前田哲監督が、教鞭を取っていた山形県東北芸術工科大学で同僚だったアーティスト、瀬島匠氏に取材したドキュメンタリー。この瀬島さんがとにかく愉快な人で、1人のアーティストの密着ドキュメンタリーとしてシンプルに面白いのだが、彼がアーティストを続ける理由を語った時、世にある総てのアート作品がより立体的に見えてくる気がした。

 

新宿タイガー
新宿を歩いていると稀に遭遇する、虎のお面を被ったど派手な色合いのおじさんがタイガーさん。職業は新聞配達員。他人とは違う生き方を選んだ一人の人のドキュメンタリーとしても、新宿という街の歴史や文化の一側面のドキュメンタリーとしても面白い。どうぞこれからも末長く元気に新宿の街を闊歩して下さい!

 

グリーンブック
ファレリー兄弟のお兄さんのピーター・ファレリー監督作。舞台は1960年代で、アメリカ南部を演奏旅行しようとした有名黒人ミュージシャンが白人の用心棒兼ドライバーを雇う。これ単体は心温まる話でも、【ドライビング Miss デイジー】の逆転版という風評は言い得て妙。スパイク・リー監督がホワイトウォッシュだと怒っていたと聞いて、成程と思う。

 

家族のレシピ
日本とシンガポールの外交関係樹立50周年を記念する作品だとのことだが、こんなに地味に公開してていいのかな……。シンガポール人の母のルーツを探すうちにバクテーという料理とラーメンを結びつけることを思いつく、という展開はいささか拙速に感じたけれど、過去の禍根も見据えつつ未来に目を向けるという姿勢はいいんじゃないだろうか。

 

セメントの記憶
ベイルート超高層ビルの劣悪な建設現場で働くシリア難民青年の日常に、過去の記憶が入り混じる。ジアード・クルスーム監督は元シリア政府軍兵士で、自国民に銃を向けるのを拒否してレバノンに亡命し、本作に着手したのだそうだ。爆撃で瓦礫に埋もれた時の“セメントの味”(原題)の苦さの記憶が少しでも薄れる日は、いつかやって来るのだろうか。

 

漂うがごとく
ベトナム映画の特集上映の1本で、満たされない思いを抱えて彷徨う女性を描く。雰囲気先行のきらいはあるけれど、湿度の高さを思わせる画面に映り込む、現在のハノイの市民生活の断片に心魅かれる。今のベトナム映画の勢いが感じられる気がする1本。

 

ベトナムを懐う(おもう)
こちらもベトナム映画の特集上映の1本で、故国を離れニューヨークで暮らす3世代のベトナム人の思いが描かれる。少し恣意的なところもあるけれど、ボートピープルだった息子に招かれて渡米した祖父と、アメリカで生まれ育った孫娘の埋められない溝の描写には、実際これに近い状況も存在しているのだろうかと思わされた。

 

 

今回は他にこんな映画も見ました。

 

きばいやんせ!私】は、【百円の恋】の足立紳脚本・武正晴監督コンビ作で、不倫で左遷されたやる気ゼロの女子アナが、昔住んでいた町の祭りを再生させる物語。しかし私は個人的に、男性が終始尊大な態度で飲んだくれ、女性はひたすら料理とお酌だけをさせられる田舎のお祭りの光景にかなりトラウマがありまして……。女性は外部から来た特別枠の人しか参加することができず、男性だけがあーだこーだ言ってるのを見ていると、あの人達に妻や娘や母や孫娘はおらんのか?大変申し訳ないけれどそういう方向性には将来性はないんじゃないの?と思ってしまいました。

まく子】は、西加奈子さん原作の不思議なボーイ・ミーツ・ガールの物語。この年代の子供達だけが持つ輝きはいくら見てても飽きないけれど、温泉街や宇宙人(!)というセッティングとか、初恋や大人の世界への反発や成長とかいったいろいろと魅力的なモチーフがただ並べられているだけで、うまく化学反応を起こしていない様子でもったいないなぁと感じました。女にだらしないけれど主人公のことは気に掛けているお父さんを演じた草彅剛さんは大変良かったです。「新しい地図」の皆様のポテンシャルはやはり素晴らしい。映画関係者の皆さんは今こそ仕事を依頼しない手は無いんじゃないでしょうか。

 

 

最近見た映画 (2019/03/12版)

 

最近、こんな映画を見ました。

 

洗骨
ガレッジセールのゴリさんこと照屋年之監督による、沖縄の離島に残る珍しい埋葬の風習をモチーフにした物語。軽すぎないけど重すぎない人生の機微の描き方と、クスリと笑える合いの手のようなシーンのバランスが絶妙。監督のお笑い芸人としての感覚がいい意味で活きていると思う。

 

ゴッズ・オウン・カントリー
イギリスの寒々しい田舎の閉塞的な農場で暮らす男性が、とある男性と出会って見つけた愛と希望。自分の人生を変えてくれるきっかけが向こうから訪れてくれるなんてそうそうないラッキーなことなんだから、うっかり××なんてしてないで大事にしなさいよー!と思った。

 

バーニング
村上春樹氏の原作を【ペパーミント・キャンディー】【オアシス】のイ・チャンドン監督が映画化。筋立ては確かに村上春樹的なのに、見事に韓国映画に換骨奪胎されている。自分が韓国映画と問われてパッと思い浮かぶのは正にこんな感じだなぁ、と懐かしくなった。

 

あの日のオルガン
第二次大戦中に東京から未就学児を集団疎開させた保母さん達の実話の映画化。平松恵美子監督は近年の山田洋次監督作品には欠かせない右腕的存在。登場人物一人一人の心の動きを丁寧かつ自然に描こうとする作風が好きだなぁと思う。

 

女王陛下のお気に入り
ギリシャ出身の俊英ヨルゴス・ランティモス監督が描くイギリスの宮廷絵巻。名誉革命ウィリアム3世の次に即位したのがアン女王。歴史って割と個人的なネチネチした人間関係で動くけど、イギリス王室は特にその印象が強いような気がする。

 

半世界
阪本順治監督が描くアラフォー男性達の逡巡。稲垣吾郎さんが演じた炭焼き職人の役は、渋川清彦さんがやった方が似合うんじゃないかと一瞬思ったけど、よくよく考えるとそれでは既視感がありすぎ。長谷川博己さんの演じる元自衛隊員も、最初感じた違和感が段々面白くなってくる。そんな新鮮さに不思議な魅力がある。

 

金子文子と朴烈(パクヨル)
関東大震災後、朝鮮人虐殺の言い訳として不穏分子に仕立てられ大逆罪に問われた朝鮮人男性と日本人女性の物語。アナーキストの話と言うよりは、理不尽な状況に真正面から向き合おうとした者達の鮮烈なラブストーリーに映る。金子文子さんは、小さな頃に朝鮮在住の親戚に引き取られて過酷な労働をさせられたそうで、日本在住経験のあるチェ・ヒソさんが演じるのはぴったりかもしれない。

 

ねことじいちゃん
NHK『世界ネコ歩き』で有名な動物写真家・岩合光昭氏のドキュメンタリー……ではなく、ネコ漫画の実写映画化。主演の立川志の輔さんのいい味が出まくりの味わい深い一編だった。あのような離島で若い人が診療所やらカフェやらを運営して採算的にやっていけるのか、という疑問点は置いといて。

 

ナポリの隣人
偏屈なじいさんが、隣家に越してきた一家の女性と心を通わせるも、予期せぬ悲劇が。その時、じいさんとの関係が冷え切っていた娘はどうするか。娘と親との関係を描く映画には今でも心を刺激されてしまうんだなぁ。それはイタリア映画でもどこの国の映画でも変わりなく。

 

赤い雪 RED SNOW
本作が長編デビューになる甲斐さやか監督作。静かに降り続ける雪が心に残るが、外側から観察を続けるようなクールな描き方ゆえ、誰の視点にも寄り添えない気がする。それは欠点ではないだろうが、その分、訴求力が落ちることは確かだ。

 

ナディアの誓い
ノーベル平和賞を受賞したナディア・ムラドさんの活動を描いたドキュメンタリー。彼女は、家族や同じような立場の人々に救いの手が届くことを祈りながら、ISから受けた死ぬより辛いかもしれない過酷な体験を人前で話し続けた。そうして自ら証言者になることで実際にたくさんのことを動かしたのは本当に凄い。その勇気に涙が出そうになる。

 

あなたはまだ帰ってこない
ナチス占領下のパリで夫が強制収容所から帰るのを待ち続けた体験を綴ったマルグリット・デュラスの『苦悩』の映画化。マルグリット・デュラス関連の作品を見れば見るほど、彼女がどういう人なのか、フランス人の言う愛って何なのか、どんどん分からなくなってくるような……。

 

アリータ:バトル・エンジェル
木城ゆきと氏のコミックス『銃夢』の映画化というジェームズ・キャメロン監督念願の企画を、ロバート・ロドリゲス監督が実現。CGと実写の見事な融合で、ストーリーも普通に面白かったけど、この話のどの辺りがジェームズ・キャメロン監督の琴線に触れたのか、監督ご自身に聞いてみたいところ。

 

山(モンテ)
イラン出身のアミール・ナデリ監督による寓話的な物語。一家は虐げられた環境を変えるため山を穿ち続ける。ラストシーンの鮮やかな色彩が総てを物語っている。

 

 

【洗骨】の照屋年之監督ことガレッジセールのゴリさんは、祖父が照屋林助さん、いとこが照屋林賢さんという、知ってる人にとっては超メジャーな芸能一家のご出身。照屋林賢さんはかの『りんけんバンド』のリーダーで、その父の照屋林助さんは三線(さんしん)を使った漫談で第二次世界大戦後の沖縄のエンターテイメント界を牽引した人物。1990年前後の沖縄ブームの頃に【ウンタマギルー】や【パイナップル・ツアーズ】などの映画で軽妙な弾き語りを披露していた姿が思い出されます。「銭雨(じんあみ)ど~い、銭雨どい、銭の雨降る暮らさりる、はい!」と今でもたまに口ずさんでしまうことがありますもんね。芸能の力って凄いです。

 

 

ところで、アルフォンソ・キュアロン監督の【ROMA/ローマ】が急遽劇場公開になりましたね。興行の方法はさておき、とりあえず映画館で見ることができてよかった!感想は来月に回しますが、この映画はいろんな意味で後々の試金石になりそうですね。

 

 

2019/03/19追記:

この記事を投稿した12日の夜はまだ比較的平和だった……。

ピエール瀧さんの件は衝撃的すぎて一言で言い表せません。垂れ流し状態になってしまう地上波では放送中止や撮り流し等の措置はやむを得ないでしょうが、各自が選べる音源や過去の出演作などの配信停止や回収などはやり過ぎだと思います。そして、氏に最も必要なのは、マスコミのバッシングではなく依存症の治療だと思われます。

【翔んで埼玉】の記事は当面削除します。場合によっては更なるボイコットも考えています。

 

 

最近見た映画 (2019/02/11版)

 

最近、こんな映画を見ました。

 

バジュランギおじさんと、小さな迷子
口がきけなくなったパキスタンの山村の少女がインドのイスラム寺院に願掛けに行き、親とはぐれて迷子になるも、インド人青年に助けられて何とか帰郷を果たす、という物語。とにかく女の子がめっさ可愛い!そして青年はバカがつくほど馬鹿正直……でもだからこそ、その愚直な無私の優しさに心打たれる。ところで、本作が大ヒットするくらいだから、政府間の思惑とは裏腹に、インドの多くの市井の人々はパキスタンと仲良くやっていきたいと願ってるんじゃないすかね。

 

ホイットニー オールウェイズ・ラヴ・ユー
2012年に亡くなったホイットニー・ヒューストンのドキュメンタリー。大ファンという訳ではなかったけれど世代的にはドンピシャで。全盛期の彼女の美貌と才能は本当に輝くばかりだったのだなぁと改めて思い出し、それだけに、麻薬に蝕まれた彼女の声がガッサガサになっていくのが本当に辛かった。彼女がどこで道を間違えてしまったのかと言っても詮ない。今はただ彼女の魂が安らかであるように祈りたい。

 

この道
北原白秋山田耕筰と出会って名曲の数々を世に遺すまで。北原白秋という人は、歌のイメージとは裏腹の無茶苦茶な人だったんだなぁ。でも、ただ品行方正な人よりも、自らの人格のほころびに苦悩しているような人の方が、人間の真実をより照らし出すことができるのかもしれない。ところで、「赤とんぼ」の作詞は三木露風でしたね……勘違いしてましたすいません!

 

夜明け
是枝裕和監督と西川美和監督が立ち上げた制作者集団「分福」の新人・広瀬奈々子監督のオリジナル脚本作。過去に取り返しのつかない過ちを犯した青年と初老の男性の心情……には個人的には寄り添いきれなかったかもしれないけれど、彼等を演じる柳楽優弥さんと小林薫さんの存在感は圧巻だった。

 

ヒューマン・フロー 大地漂流
中国にいられなくなり現在ではベルリンで教鞭を取っているというアイ・ウェイウェイ氏(基本アーティストなんだけど肩書きが多すぎて分からん)が世界中の難民キャンプを訪れるドキュメンタリー。1つ1つは聞いたことがあっても、これだけの数の難民キャンプを実際に巡ったことがある人は少ないのでは。本作の製作時点で世界中の難民の人口は約6500万人。難民問題には人類の病理が凝縮されている、と改めて思う。

 

マイ・ジェネレーション ロンドンをぶっとばせ!
60年代ロンドンのユース・カルチャーの勃興と衰退を、自らも渦中にいたマイケル・ケインがプロデューサーとして案内する。ケイン氏の言う通り、イギリスの歴史の中では特に、労働者階級の若者達が中心となって文化を創造するというのは画期的な出来事だったのかもしれない。

 

ヴィクトリア女王 最期の秘密
イギリスのヴィクトリア女王の最晩年にインド人青年の侍従がいたという、最近明らかになった実話を元にしたスティーヴン・フリアーズ監督作。デイム・ジュディ・デンチの圧倒的な女王様感は揺るぎない。しかし、コメディ・タッチと言うけれど、次期国王のエドワード7世らがこの事実を闇に葬ったという展開は割と笑えないぞ。

 

愛と銃弾
ナポリを舞台にしたノワール・アクション?ラブ・ストーリー?いやいや……ミュージカル !? ごった煮の摩訶不思議なテイストのイタリア映画。終わってみて残った怒濤のようなB級テイストもこの映画の愛すべき個性、なんだろうなきっと。

 

 

新井浩文さんの件で、頭の中がぐしゃぐしゃになったままです。芸能マスコミの言うことは何を信用していいのかさっぱり分からないので、当面、今後の捜査の成り行きを見守りたいと思います。

 

2018年の個人的ベスト30映画

 

2018年の個人的ベスト映画です。

 

1.【万引き家族
2.【ラブレス】
3.【女は二度決断する
4.【日日是好日(にちにちこれこうじつ)】
5.【パンク侍、斬られて候
6.【菊とギロチン
7.【来る】
8.【ギャングース
9.【Vision
10.【犬ヶ島
11.【レディ・プレイヤー1
12.【シェイプ・オブ・ウォーター
13.【空飛ぶタイヤ
14.【孤狼の血
15.【カメラを止めるな!
16.【止められるか、俺たちを
17.【スリー・ビルボード
18.【判決、ふたつの希望
19.【こんな夜更けにバナナかよ】
20.【モリのいる場所
21.【人魚の眠る家
22.【ウィンストン・チャーチル ヒトラーから世界を救った男】
23.【ぼくの名前はズッキーニ
24.【いぬやしき
25.【鈴木家の嘘】
26.【犬猿
27.【ライオンは今夜死ぬ
28.【星くず兄弟の新たな伝説
29.【村田朋泰特集 夢の記憶装置】
30.【あみこ】

 

(ドキュメンタリー大賞)
【ニッポン国VS泉南石綿村】【ジェイン・ジェイコブス ニューヨーク都市計画革命】【愛と法

(ドキュメンタリー音楽大賞)
ピアソラ 永遠のリベルタンゴ

(ドキュメンタリー次点)
【ザ・ビッグハウス】【北朝鮮をロックした日 ライバッハ・デイ】【顔たち、ところどころ

 

よろしければこちらの元データもどうぞ。

 

思うところあって、ブログのタイトルを変更致しました。人生がとっくに折り返し地点を通過して黄昏に向かいつつある今日この頃、映画の見え方も若い人と同じではないだろう、という思いは何年か前からあったのですが、その思いで前のタイトルを付けた時にはいくら何でもちょっと自虐モードが過ぎていたかもしれないな、ということでこのようなタイトルにしてみました。いやまぁ、書いてるのがおばさんだから“おばさん”で間違ってないし、いいんだけどね(笑)。

ついでに、今年からはツイッターとも連動させてみようということで、少し前から始めていた映画アカを若干改装してリンクさせてみました。(アカウントはこちら。)まぁ、しゃかりきになることもなく、マイペースにぼちぼち呟いていこうかなと思います。今年もどうぞよろしくお願い致します。

 

最近見た映画 (2018/12/31版)

 

最近、こんな映画を見ました。

 

来る
人間のおぞましい部分をつけ狙う“あれ”に取り憑かれる若夫婦、彼等を手助けしようとするルポライター霊媒師の血を引くキャバクラ嬢、その姉の日本最強の霊媒師……。オカルトホラーと言うより心理的な気持ち悪さがじわじわ迫る中島哲也監督の最新作。これまでのイメージを覆すいずれ劣らぬ難役に挑む俳優陣が素晴らしすぎる。

 

ギャングース
悪い奴等だけを相手にする少年院出身の三人組の窃盗団を主人公にした鈴木大介さん原作の漫画を、入江悠監督が映画化。鈴木さんと入江監督という組み合わせはベストマッチで、今の日本社会の暗部を取り込んだピカレスクをエンターテイメントとして見事に成立させているのが凄い。

 

ピアソラ 永遠のリベルタンゴ
前回の記事参照。アストル・ピアソラの音楽は宇宙一かっこいい!

 

人魚の眠る家
最新技術で生きながらえる脳死した娘の母親が次第に常軌を逸していき、周囲は翻弄される、という東野圭吾さんの原作小説を、堤幸彦監督が映画化。人が死ぬということには、残された人間がそれをどのように受容するかという過程も含まれているのだと改めて思い至る。

 

こんな夜更けにバナナかよ
24時間介助が必要な筋ジストロフィーの男性とボランティアの人々を描いたノンフィクション作品を前田哲監督が映画化。障害者の自立やボランティアの在り方といったテーマ、主演の大泉洋さんやヒロインの高畑充希さんなど見所が多いが、私はひたすら「三浦春馬さんていい役者さんになったな~」とそこぱかりに注目してしまっていた。ごめん洋さん。

 

鈴木家の嘘
引き籠もりの息子が自殺したことを意識不明から目覚めた母に言えなかったことから残された家族の嘘が始まった……。助監督経験が長い野尻克己監督の劇場長編デビュー作。監督自身の経験を基にしたというオリジナル脚本の、悲しいだけではない何とも言えないおかしみが味わい深い。

 

斬、
塚本晋也監督が初めて手掛ける時代劇……と言っても、結局のところ武器が日本刀になった【鉄男】なのではなかろうか。塚本監督は、どんな映画を創ってみても、人間の中に立ち現れる暴力的衝動というテーマに再度立ち帰る。そういうところが面白いと思う。

 

おかえり、ブルゴーニュへ
お久しぶりのセドリック・クラピッシュ監督が描く、ブルゴーニュ地方のワイナリーを引き継いだ3きょうだいの物語。別々の道を行くきょうだいが力を合わせようとそれぞれ心を砕く姿が印象的。そしてフランス映画界には“ワイナリーもの”が結構な本数作られているに違いないといよいよ確信する。

 

ボヘミアン・ラプソディ
クィーンの結成からバンドエイド参加に至るまでの軌跡を、フロントマンのフレディ・マーキュリーを中心に描く。クィーンの音楽の魅力を改めて世に知らしめた功績は大きいと思う、のだが、フレディの孤独を描く上で放埒な生活を送った時代をもっとがっつり描写する必要があったのではないかと考える。アメリカのレーティングの関係で難しかっただろうけど。

 

体操しようよ
定年退職後の男性がラジオ体操の会への参加を通じて人生をリセットする物語を、【ディアーディアー】の菊地健雄監督が描く。仕事一辺倒状態から少しずつ人間力を上げていく草刈正雄さんが何ともキュート。館山辺りの地理関係はほぼフィクションだけど、野島埼灯台がいっぱい映っているのは千葉県民として嬉しい。

 


偶然手に入れた銃に徐々に支配されていく男子大学生を描いた中村文則さんの小説を、【百円の恋】の武正晴監督が映画化。この役柄には村上虹郎さんのナイーブさが必要だった。銃を手にすると自分が強くなったように錯覚するのも、持ってるだけじゃ飽き足らなくなり理由をつけて撃ってみたくなるのも様々な映画で描かれてきたモチーフで、万国共通の現象なんだなーと思う。

 

葡萄畑に帰ろう
ジョージアグルジア)映画界の現役最長老エルダル・シェンゲラヤ監督による政治風刺を盛り込んだ人生賛歌。主人公はあまり誉められないこともする俗的な人間だし、よく考えると結構エグいエピソードも少なくないのに、ほのぼのとした印象が残るのが不思議。

 

宵闇真珠
ウォン・カーウァイ監督の撮影監督として著名なクリストファー・ドイルが共同監督を努める香港合作映画。微細なグレーの画面の芸術的な美しさを堪能するための雰囲気映画、といった趣きだが、「この漁村はもうない」という最後のセリフに、消えゆくかつての香港に対する哀切のようなものを感じてしまった。

 

生きてるだけで、愛。
躁鬱病で仕事もままならない女性と、仕事に行き詰まりを感じるゴシップ記者の男性の愛の形を描いた本谷有希子さんの小説の映画化。傷だらけのメンタルの女性を体当たりで演じる趣里さんの思い切りの良さと、今回は終始受けに回っている菅田将暉さんの演技の堅実さがいい。

 

セルジオ&セルゲイ 宇宙からハロー!
宇宙に取り残された崩壊寸前のソ連の宇宙飛行士をアメリカのスペースシャトルが救出した、という実話を基に創作した物語。監督は、キューバの大学教授が無線を通じて宇宙飛行士と親しくなるという筋書きを通して、その時代のキューバに対するノスタルジーを描きたかったのだそうだ。

 

 

シアター・イメージフォーラムで開催中の『アラン・ロブ=グリエ レトロスペクティブ』と『ジャン・ヴィゴ監督特集』が面白かったです。
アラン・ロブ=グリエ監督は、【去年、マリエンバードで】の脚本家としての業績を遺した以外に、映画監督としてこんなにも前衛を絵に描いたような作品を遺していた方だったのだと知らなくて猛省中です。前衛成分が高い作品としては【エデン、その後】【快楽の漸進的横滑り】などが特にお薦めです。
ジャン・ヴィゴ監督は、【アタラント号】は観たことがあったので、今回は【ニースについて】【競泳選手ジャン・タリス】【新学期操行ゼロ】の短編集を観ました。【アタラント号】もそうですが、モンタージュによる映像のリズム感が、今の時代でもまったく古びておらず、瑞々しく感じられるのが素晴らしい。このたった4作しか遺していない映画監督の名を冠した『ジャン・ヴィゴ賞』なる映画賞がフランスに今でも存在する理由がよく分かるような気がします。もし未見の方がいらっしゃったら、話の種に【アタラント号】だけでもご覧になってみてはいかがでしょうか。

 

それでは皆さん、よいお年を!

 

 

【ピアソラ 永遠のリベルタンゴ】公開記念 私の好きなピアソラ

 

【ピアソラ 永遠のリベルタンゴ】というドキュメンタリー映画が公開になると聞き、古今東西のミュージシャンの中でアストル・ピアソラが一等好きな私は嬉しくて小躍りしてしまいました。実際、映画を観てみましたが、今まで見たことがないようなレア映像の数々があまたの名曲に彩られ、とても見応えのある作品だったと思います。この映画、ピアソラが好きな人にもそうでもない人にも是非見て戴きたいです。

 

ただ、一般的にピアソラというと「リベルタンゴ」ばかりが取り上げられることが多いので、他の曲はよく分からないし興味もそこそこしか持ちようがない、という人も多いのではないでしょうか。これは非常に勿体ない状況です。そこで、自分の好きな曲をいくつか選んでご紹介してみてもいいんじゃないかな、と思い立ちました。

 

趣味的に聞きかじっている程度なので、べらぼうに詳しいコアなファンの方々のコラムなどには及ぶべくもありませんが、いちファンのささやかなお薦めとしてちょっと眺めてみて戴ければ幸いです。

 

 

ところで、今回の【ピアソラ 永遠のリベルタンゴ】ピアソラの息子のダニエル・ピアソラさんの提案により創られたということで、映画の視点も自然ダニエルさん寄りのものになっており、ピアソラのことをあまり知らない人には一見しただけでは分かりにくい部分もあるのではないかという印象を受けました。そこでまず、ピアソラのバイオグラフィを簡単にまとめてみたいと思います。

 

1921(0歳) ※注1) アルゼンチンにイタリア系移民3世として生まれる。
1925(4歳) 一家でニューヨークに移住。8歳頃から父親の勧めでバンドネオンの練習を始める。15歳でアルゼンチンに戻る。
1939(18歳) プロの音楽家として活動開始。
1942(21歳) デデ・ウォルフと結婚。娘と息子の二子を授かる。
1954(33歳) それまでの音楽活動に限界を感じ、フランスのコンセルヴァトワールの作曲科に留学。が、師匠のナディア・ブーランジェにタンゴというルーツを大切にするよう説得される。翌年帰国。
1958(37歳) アルゼンチン帰国後の音楽活動が先鋭的過ぎて理解されず、ニューヨークに移住。翌年、父の訃報を聞き、代表作となる「アディオス・ノニーノ」を作曲。
1960(39歳) アルゼンチンに帰国。その後、代表的な演奏形態となる五重奏団(キンテート)を結成するなど、様々な試行錯誤を重ねる。
1966(45歳) 女性絡みの理由で家族の元を離れる。その後、離婚。
1968(47歳) 舞台「ブエノスアイレスのマリア」を手掛け、主役にアメリータ・バルタールを抜擢。同年アメリータと結婚。※注2)
1973(52歳) 心臓発作で倒れる。同年から翌年頃に離婚。
1974(53歳) イタリアに拠点を移す。その後、ジャズやロック、電子音楽などにアプローチし、息子ダニエルとも音楽活動を行う。
1976(55歳) 最後の妻となるラウラ・エスカラーダと出会い、パリに移住。
1978(57歳) 新たに五重奏団を結成し、アコースティックヘの回帰を表明。このため息子とは疎遠になるも、この後から1980年代にかけて最も充実した音楽活動を行う。
1988(67歳) 最後となる来日公演の後、五重奏団を解散。ラウラと正式に結婚。
1990(69歳) アテネで人前での最後の演奏となるコンサートを録音した翌月、パリの自宅で脳溢血にて倒れる。その後、アルゼンチンに帰国して闘病生活に入る。
1992(71歳) 死去。

※注1)年齢はその年に達する満年齢を記載していますので、出来事が起こった実際の年齢とずれている場合があります。

※注2)今回の映画の公式ホームページでは、ピアソラの結婚は2回となっています。もしかするとアメリータ・バルタールさんとは事実婚で正式に結婚していなかったのかもしれませんが、今まで私が読んできたほとんどの資料ではピアソラの結婚はアメリータさんを含めて3回とされていたため、ここではそのように記載しました。ちなみに、ピアソラが家庭を離れた原因になったのはまた別の女性でしたが、その人とはうまくいかず、ピアソラは相当ダメージを受けたようです。

 

今回の映画の内容とリンクして重要だと思われるのは、1966年に家庭を離れたピアソラが、1974年からイタリアで音楽活動をする際に息子のダニエルさんに協力を求めたことと、結局その路線の活動はピアソラにとって納得できるものにならず、4年後の1978年には終了してしまったということです。ダニエルさんはピアソラのこの原点回帰を手酷い裏切りだと感じたと資料で読んだことがありますが、その後二人がしばらく疎遠になったのは映画にも描かれている通りです。
しかし、ピアソラの音楽活動が一番の充実期を迎えるのはその後の時代で、その意味ではピアソラの判断は正しかった訳で、何というか、天才の息子として生まれてくるというのは色々な意味で大変な宿業なのだなぁと、改めてしみじみと感じてしまいました……。

 

 

それでは、気を取り直して曲をご紹介してみたいと思います。
YouTubeで音源を探してみましたが、埋め込みではなく曲名からのリンクにしてあります。併記しているアルバムの音源ではないものもありますが、どうぞご了承下さい。

 

1.悪魔のタンゴ(Tango del Diablo)悪魔のロマンス(Romance del Diablo)悪魔をやっつけろ(Vayamos al Diablo)
  主な収録アルバム:『ニューヨークのアストル・ピアソラ』(Concierto en el Philarmonic Hall de Nueva York)(1965年)

数あるピアソラのアルバムでも特に傑作と誉れの高い『ニューヨークのアストル・ピアソラ』に収録されている3曲。アルバムの冒頭から「悪魔のタンゴ」の衝撃的なイントロにノックアウトされ、ピアソラがいわゆるタンゴの枠に収まらない唯一無二のミュージシャンであることが強く印象づけられます。そして、度し難いほどロマンティックな「悪魔のロマンス」……私はこの曲を聴いた時、ピアソラはどうしようもないほど恋愛体質の人に違いないと確信しました!更に、軽やかに畳みかける「悪魔をやっつけろ」のスピード感!この3曲を聴くためだけにこのアルバムを入手しても決して損はしないだろうと私は思います。

 

2.天使のミロンガ(Milonga del Ángel)
  主な収録アルバム:『ニューヨークのアストル・ピアソラ』(Concierto en el Philarmonic Hall de Nueva York)(1965年)、『タンゴ・ゼロ・アワー』(Tango: Zero Hour)(1986年)

ピアソラの代表作に数えられる1曲。ゆったりとしたテンポでじっくり聞かせる後期の『タンゴ・ゼロ・アワー』などのバージョンもいいのですが、私はどちらかというとちょっとだけアップテンポな『ニューヨークのアストル・ピアソラ』のバージョンの方が好みです。天使の名を冠した曲には他に「天使の死(Muerte del Ángel)」「天使の復活(Resurrección del Ángel)」などもありますが、この「天使のミロンガ」は殊に美しいと聞くたびにいつも思います。ちなみにミロンガとは、ダンスのための曲の種類の名称だそうです。(タンゴを踊る社交場を指す場合もあるようです。)

 

3.アディオス・ノニーノ(Adiós Nonino)
  主な収録アルバム:『アディオス・ノニーノ』(Adiós Nonino)(1969年)

進むべき方向性を悩んでいた30代のピアソラが父親の訃報を耳にして書き上げたという運命の曲。ピアソラ自身、代表作だと公言しており、何度も録音もされているようですが、同じ名前を冠した1969年のアルバムが傑作と言われており、同曲の他にも素晴らしい曲がたくさん入っているので推奨しておきます。ちなみに、ピアソラが生涯で最後に人前で演奏した曲もこの曲だったそうですが、その時のコンサートの模様が奇跡的に録音されており、『バンドネオン・シンフォニコ~アストル・ピアソラ・ラスト・コンサート(Bandoneón Sinfónico)』(1990年、マノス・ハジダキス指揮アテネ・カラーズ・オーケストラとの共演)というアルバムで聴くことができます。

 

4.アルフレッド・ゴビの肖像(Retrato de Alfredo Gobbi)
  主な収録アルバム:『レジーナ劇場のアストル・ピアソラ 1970』(En Vivo en el Regina)(1970年)

『レジーナ劇場のアストル・ピアソラ』も傑作として名高いライブ・アルバムです。ブエノスアイレスの四季シリーズ(「ブエノスアイレスの春(Primavera Porteña)・夏(Verano Porteño)・秋(Otoño Porteño)・冬(Invierno Porteño)」)が全曲収められている他、「ブエノスアイレス午前零時(Buenos Aires Hora Cero)」などの有名な曲もあって聴き応えがありますが、中でもこの「アルフレッド・ゴビの肖像」は一聴に価します。バンドネオンによる中盤の静かなソロパートの美しさは筆舌に尽くし難いです。

 

5.AA印の悲しみ (Tristezas de un Doble A)
  主な収録アルバム:『ブエノスアイレス市の現代ポピュラー音楽』(Musica Popular Contemporanea de la Ciudad de Buenos Aires)(1971年)、『AA印の悲しみ』(Tristezas de un Doble A)(1986年)

AA(ドブレ・アー)とはドイツでかつて最高峰のバンドネオンを製造していたアルフレッド・アーノルド社のことで、この曲はそのAAを愛したバンドネオン奏者の先人達に捧げられた曲なのだそうです。バンドネオンの即興演奏が長尺に及ぶのが聞きどころで、これも傑作と名高い1986年の同名のライブ・アルバムに収められたバージョンは何と20分以上もあります!が、毎回それだとちょっと大変なので、私は1971年の『ブエノスアイレス市の現代ポピュラー音楽』(第一集)に収められた7分ちょっとのバージョンの方もよく聞きます。どちらのアルバムも名曲だらけなのでお薦めです。

 

6.エスクアロ(鮫)(Escualo)
  主な収録アルバム:『ビジュージャ』(Biyuya)(1979年)

今回の映画にもある通り、ピアソラは鮫(さめ)釣りが趣味なので、ずばり鮫釣りをテーマにしたこの曲はやっぱり外せないかなと思います(笑)。この曲が収録されている『ビジュージャ』は、1970年代のイタリアでの活動後にアコースティック路線に回帰したピアソラが、五重奏団(バンドネオン、バイオリン、ピアノ、ベース、エレキギター)を結成して初めて録音したアルバムだそうです。この五重奏団は、ピアソラが作ったバンドにしてははかなり活動期間が長かったのですが、スタジオ録音盤は、このアルバムと、後述する『タンゴ・ゼロ・アワー』『ラ・カモーラ:情熱的挑発の孤独』の3枚しかないそうです。『ビジュージャ』は今は入手困難ですが、イタリア期の3枚のアルバムと併せたコンピレーション『ピアソラの挑戦~リベルタンゴの時代』に収録されており、そちらの方なら入手できるかもしれません。

 

7.バンドネオン協奏曲第3楽章(Concierto para Bandoneón/III. Presto)
  主な収録アルバム:『螺鈿協奏曲~コロン劇場1983』(Concierto de Nácar)(1983年)

ピアソラはフランスのコンセルヴァトワールで高名な先生に作曲を学んでいたくらいですから、オーケストラ曲だってお茶の子さいさいな訳です。実際に、このアルバムの表題曲の「螺鈿(らでん)協奏曲」や、映画【12モンキーズ】にモチーフとして使われた「プンタ・デル・エス組曲」など、オーケストラとバンドネオンの協奏曲をいくつか創っていますが(「プンタ・デル・エス組曲」は残念ながらあまり質のいい録音が残っていないそうです)、中でも私はこの「バンドネオン協奏曲」の第3楽章が一番好きです。重厚なストリングスとドラマチックなバンドネオンの旋律の化学反応が素晴らしいと思います。

 

8.カリエンテ(Caliente)デカリシモ(Decarisimo)レビラード(Revirado)
  主な収録アルバム:『ライブ・イン・ウィーン』(Live in Wien)(1983年)

『ライブ・イン・ウィーン』は、1980年代のピアソラの数あるライブ・アルバムの中でも、『セントラル・パーク・コンサート』(The Central Park Concert)や前述の『AA印の悲しみ』と並び称される白眉の1枚で、「ブエノスアイレスの夏」「ブエノスアイレスの冬」や「アディオス・ノニーノ」、そしてピアソラ自身が演奏する「リベルタンゴ」の中でも決定版とも言える名演が聴けるお買い得なアルバムなのではないかと思います。中でも私が特に好きなのはこの「カリエンテ」「デカリシモ」「レビラード」の3曲。いずれも1960年代に作曲された作品のようですが、春の陽だまりを思い起こさせるような明るく爽やかで暖かな旋律には、この時期のピアソラの公私における充実ぶりが滲み出ているように感じられてなりません。

 

9.ミロンガ・ロカ(Milonga Loca)
  主な収録アルバム:『タンゴ・ゼロ・アワー』(Tango: Zero Hour)(1986年)

『タンゴ・ゼロ・アワー』は、ピアソラの自他共に認める最高傑作アルバムとされていますが、中でも私はこの「ミロンガ・ロカ」が一番好きです。というか、ピアソラの数ある楽曲の中で最も好きなのがこの曲です。この曲の疾走感、ソリッドなメロディライン、ドラマ性、哀切感、そして終盤からコーダに至る圧倒的な高揚感……美しすぎて涙が出ます。この曲は、ピアソラが手掛けたいくつかの映画のサウンドトラックの中でも最重要作品とされるフェルナンド・E・ソラナス監督の【タンゴ ガルデルの亡命】(El Exilio de Gardel)に、「タンゲディア2」(Tanguedia 2)という曲名で登場していました。(ちなみに、映画内の「タンゲディア1」「タンゲディア3」は、『タンゴ・ゼロ・アワー』でそれぞれ「タンゲディアIII」「コントラバヒシモ」(Contrabajisimo)という曲名で取り上げられています。)そもそも私が一番最初にピアソラの曲というものを聴いたのはおそらくこの映画だったのですが(その辺は長くなるので割愛します)、映画の中では男女がこの曲で本当にタンゴを踊っており……まぁそれはそれは踊りにくそうでした!ピアソラの曲は大きな括りではタンゴに分類されるのかもしれませんが、やっぱりいわゆるタンゴとは何か違うんだよな……と、ここでも思った次第です。

 

10.ラ・カモーラ I(La Camorra I)
  主な収録アルバム:『ラ・カモーラ:情熱的挑発の孤独』(La Camorra)(1988~89年)

先述の通り、『ラ・カモーラ』はピアソラの後期五重奏団の最後のスタジオ録音作品となり、録音後に五重奏団は解散してしまいます。(アルバムが発売されたのはその翌年です。)このアルバムも『タンゴ・ゼロ・アワー』と共にピアソラの最高傑作と称されています。しかし、一般的に「ラ・カモーラ I」の評価は「II」や「III」に比べていまいち低いんですよね……何でだろう。私は「I」が一番官能的でかっこいいと思うのですが。

 

11.現実との3分間(Tres Minutos con la Realidad)タンゴ・バレエ(Tango Ballet)
  主な収録アルバム:『現実との3分間~クルブ・イタリアーノ1989』(Tres Minutos con la Realidad)(1989年)

五重奏団解散後のピアソラは、試行錯誤を重ねているうちに病に倒れてしまったという感もあります。この『現実との3分間』のアルバムは六重奏団を結成して行ったライブを収録したもので、演奏はやや荒っぽいものの、その迫力は鬼気迫るものがあります。この「現実との3分間」や「タンゴ・バレエ」はいずれも1950年代に作曲された作品のようですが、強烈な切迫感が印象的なこれらの曲のどの辺りにタンゴ成分があるのか、最早さっぱり分かりません(笑)。何度も重複して似たようなことを書いてしまいますが、ピアソラはタンゴのようでタンゴではなく、ピアソラという唯一無二のジャンルでしかないのではないかと思います。

 

12.チェ・タンゴ・チェ(Che Tango Che)
  主な収録アルバム:『エル・タンゴ~ウィズ・ピアソラ』(Live at the Bouffes du Nord)(1984年)

最後にボーカル入りの曲をご紹介します。ピアソラは数々の歌手と組んで多くのボーカル曲を残しており、中でも元夫人のアメリータ・バルタールさんとの共作「ロコへのバラード」(Balada para un Loco)辺りが一番有名ではないかと思われますが、私自身が一番好きなボーカル曲はどれかと聞かれたら迷わずこの「チェ・タンゴ・チェ」を推します。この作品はイタリアのミルヴァさんという女性歌手との共作で、作詞はジャン=クロード・カリエール。脚本家としてルイス・ブニュエル監督の【昼顔】や【ブルジョワジーの秘かな愉しみ】や【欲望のあいまいな対象】、フォルカー・シュレンドルフ監督の【ブリキの太鼓】、フィリップ・カウフマン監督の【存在の耐えられない軽さ】、大島渚監督の【マックス、モン・アムール】など、数々の名作を執筆した方ですね。蓮っ葉な女がタンゴへの愛を歌い上げているような歌詞が、ミルヴァ姐さんの気っ風のいい歌いっぷりにぴったりで、曲のアレンジもドラマチックで遊び心に満ちていて、まるで一幕ものの芝居を見ているかのよう。いつ聴いても最高にシビれます。ミルヴァさんは五重奏団と共に来日公演も行っており、その時の様子は『ライブ・イン・東京1988』というライブ・アルバムに収められていて、そちらの方でもこの曲を聴くことができます。

 

 

ということで、自分なりにいろいろまとめてみるのは楽しかったのですが、最近は特に好きな曲ばかり偏って聴いていたかもしれないなぁ、と少し反省したりなんかもしました。来年は手持ちのピアソラの音源を聴き込む年にしてみようかなぁ、などと思います。

 

 

参考文献:
アストル・ピアソラ 闘うタンゴ」斎藤充正(著)
日本一のピアソラ・マスター、斎藤充正氏による世界一詳しいかもしれないピアソラの評伝。

 

参考URL:
ピアソラの日本盤CD情報
アストルピアソラ バイオグラフィー
ピアソラ作品リスト
アストル・ピアソラ - Wikipedia
【ピアソラ 永遠のリベルタンゴ】公式サイト

 

最近見た映画 (2018/12/03版)

 

最近、こんな映画を見ました。

 

愛と法
大阪を拠点に活動する同性同士の弁護士カップルを描いたドキュメンタリー。日々脅かされつつある日本社会の多様性を法律の面から守るべく奔走する二人の姿に涙が出そうになった。

 

日日是好日(にちにちこれこうじつ)
ある女性の姿を通して茶道の真髄を描くことを試みる大森立嗣監督作。お茶の師匠役は樹木希林さん。こんな心映えの美しい師匠に出会えるかどうかが実は茶道の極意なのではあるまいか。

 

止められるか、俺たちを
若松孝二監督率いる若松プロダクションが最も過激だったであろう1970年前後の姿を、実在した女性助監督を通して描く。実際に若松監督を知る白石和彌監督や井浦新さんが若松プロを描くことに大きな意味があると思う。

 

顔たち、ところどころ
アニエス・ヴァルダ監督が若手アーティストとフランスの村々を巡り地元の人々をモチーフにアート作品を創る様子を描く。年の離れた二人の友情がとても自然で、人々を見つめる視線が愛に満ちているのが素敵だった。

 

若おかみは小学生!
両親を亡くし温泉旅館を営む祖母に引き取られた女の子が奮闘する児童文学を高坂希太郎監督がアニメ化。たくさんのキャラクターやエピソードがストーリーに無理なく溶け込んでいるのが素晴らしい。

 

ガンジスに還る
死期を悟りガンジス川のほとりの街に行きたいと言い出した父親に付き添うことにした息子とその家族を描いた物語。人の生死というテーマもさることながら、現在のインドの中流家庭の暮らしぶりが映し出されているのも興味深い。

 

きらきら眼鏡
傷を抱えた男性が“見たものすべてを輝かせる眼鏡”を持つという女性との出会いにより変わっていく姿を描いた千葉のご当地映画。この女性はかなりの難役で、池脇千鶴さんでなければ成立していなかったのではないだろうか。

 

ニューヨーク、ジャクソンハイツへようこそ
民族の坩堝であるニューヨーク市クィーンズ区ジャクソンハイツの姿を多面的に描いたフレデリック・ワイズマン監督のドキュメンタリー。人々がそれぞれのコミュニティに積極的に関わろうとする姿が印象的。

 

教誨師
死刑囚達に教誨徳育や精神的救済を目的とした面接活動)を行う牧師を描いた大杉漣さんの遺作。派手さはないけれど静かでずっしりと心に迫って来るいかにも漣さんらしい作品だった……。

 

散り椿
藩の不正に対峙する剣士の姿を描いた木村大作監督の時代劇。やはり絵面の方が重視されているのか、整理不足だったり説明不足だったりする箇所が多々あるような。

 

バッド・ジーニアス 危険な天才たち
天才的な頭脳を持ちながら報酬と引き替えに組織的なカンニングに手を貸す女子高生を主人公にしたタイ映画。親の金以外取り柄がないような連中の言いなりになるのが理不尽。それだけの頭脳があれば他のことに使えたのでは……と思うばかり。

 

ゾンからのメッセージ
「ゾン」という不思議な空間に暮らす人々の思いなどを描く鈴木卓爾監督作品。見終わった直後はさほど強い印象ではなかったのに、「ゾン」て一体何だったんだろう……と今でも時折考えている自分がいたりする。

 

華氏119
マイケル・ムーア監督が描くトランプ政権下の中間選挙前のアメリカ。目の前に浮かんだことを脈絡なく書き殴ったという印象。結局、政治を変えたければ選挙に行こうというメッセージだったのかな。

 

旅猫リポート
死期が近い青年が愛猫の引取先を探して友人達を訪ねる旅をする物語。不幸の釣瓶打ちのような設定には少しげんなりしたが、抑制の効いた描き方で救われているような気がする。

 

クレイジー・リッチ!
アジア人キャストだけで大ヒットを叩き出したことが画期的だったというハリウッド映画。「アジアのどこかの国の大金持ち」にはまだ夢があるんでしょうか。シンガポールにも中流家庭はあるはずなんだけど。

 

ここは退屈迎えに来て
ある地方都市に生きる20代の女性達のかつての憧れや現実を描いた廣木隆一監督作品。様々な心の綾が繊細に描かれた良作なのだと思う……地元に対する思いとは大昔に縁を切った自分の心には刺さらなかっただけで。

 

愛しのアイリーン
フィリピンで結婚相手を買ってきた農村の男とその花嫁を主人公にした新井英樹さんの漫画を吉田恵輔監督が映画化。相手に対する思いやりを欠いたエゴの押し付け合いを愛とは呼べない。救いのない結末がしんどかった。

 

 

絶不調で更新がかなり遅れており、かなり古いラインアップになっていて申し訳ありません……。年内にもう1回更新できるといいのですが。